部屋がようやく、ほんのわずかだが、片付いた。
父が5月12日に死んでから、ゴミの山のような家の中で過ごしていたのだが、今日は気力を振り絞って少しだけ片づけた。
ガン関係の本やら資料やら大学病院関係の資料やらを、ほんの少し整理した。
久しぶりに自炊した。
シーフードカレーなるものをつくり、缶ビールを2本、白ワインをハーフボトル飲んだ。(飲みすぎ?)
でも、家で椅子に座ってご飯を食べたのは久しぶり。
今までは、キッチンで立ったままビールを飲みながらカップヌードルを食べる余裕しかなかったから。
人の死というのは、ボディブローのようにじわじわと効いてくる。
私は父と仲が言いわけでは決してなかった。
というよりもむしろ、仲があまりよろしくないというか、父と交流するのが私には不可能だった。
私はかなりリベラルな人間で、フェミニストという種族に属するのだろう。
フェミニストを勉強したり標榜したりしたことは一度もないつもりだが。
父は、フツーの人だから、家父長制が当たり前だと思い、女の子供は依存的でおとなしいと思い、私のことを普通に結婚して普通に子供を生むだろうと信じていた。
ところが、あけて、びっくり。
自分の娘は、父が在日差別的な発言をするたびに激昂し、高校時代に部落問題を勉強するような娘だった。
父とどれだけ言い争いをしたことか。でもまったくかみ合わなかった。
そして自分自身をいつも憎んだ。
どうして自分は普通の女の子みたいになれないのだろうか、と。
無学の父を論破した挙句、罪悪感にのたうちまわった。
父が在日差別をしたり部落差別をしたりするのは、彼が学問も教育もまともに受けず、そのような価値観や環境の中で必死に生き延びてきたからだということを知っていたから。
でも彼を責めずにはいられなかった。
自分はたまさか教育を受けて、本をたくさん読んで、父とは違う価値観を得る余裕があっただけなのに。
父は、1月にがん告知を受け、5月12日に死んだ。
私は死は終わりではなく、プロセスだと思っている。
でも父は、死を敗北だと思っていた。
自分との死生観の違いに驚いた。
私はもともと医者なんて信用していなかった。
医者だったただの人間だ。神様じゃない。いろいろな欲望で動いている。
だから医者の言うことを鵜呑みにしちゃだめだといくら私が言っても、東大医師の言葉を信じた。
最期は、治療ができないと保険点数がつかないという理由で「リハビリのために他の施設に転院が必要」とウソをついた医師を私は追いつめ、謝罪させた。
緩和ケアチームのトップが白い巨頭みたいに7人くらい医者を引き連れて病室にやってきて、国からの圧力があって保険点数がつかない患者さんを入院させておくことはできないのだと正直に父に言った。
東大を退院するとき今日か明日かの命だと言われたが、父はそのあと2週間も生き続け、家で父を看取ることになった。
いや~、ものすごく貴重な体験でしたよ。
死に向かいつつある父親と2週間を共に過ごすというのは。
おかげで、今、へろへろで、燃え尽きているわけですが。
しかし、それにつけても、むかつくのは、弟夫妻だ。
弟夫妻に限らず、普通の人はそう思うのかもしれないが、私が東大の医者に楯突いているのが彼らには理解できない。
お姉ちゃんは専門家じゃないんだから、専門家に任せろ、と、言う。
そういう専門家至上主義が患者から力を奪ってきたのではないか。
誰か専門家が自分のことを何とかしてくれるという信念。
自分の命も生活もこの国も、どこかの誰かがなんとかしてくれるなんてことはありえない。
自分が変えるんだ。
父の最期、どこで読んだか知らないが、昏睡状態の父の背中をさすっていた私のところに弟がやってきて、「モルヒネは8時間以上置かなきゃだめだと本に書いてあった、お父さんをこれ以上意識朦朧にしてどうするんだ」とか言いやがった。すでに、昏睡状態なのに…。
私もきれて、じゃああんたが看取ったらと言い残してそのまま帰り、父の最期に立ち会うことはできなかったが、母によると弟は、昏睡状態の父の体温を測り、解熱剤の座薬を入れたりしていたらしい。父は苦しがっていたそうだ。なんだかなぁ、もう。
父ががん告知を受けた直後に私が自分の判断で父を大学病院に連れて行き、父の一命を取りとめ、その病院から「治療しても余命3か月」と聞かされ、在宅医療を含めた色々な治療の環境もすべてひとりで整えた。それをことごとく邪魔しようとしたのが弟夫妻だった。
セカンドオピニオンをとったほうがいいというのも、代替医療を取り入れたほうがいいというのも、丸山ワクチンもすべて邪魔された。(じゃあ、死ぬのを黙ってただ待つのがベストだというのか、お前らは!)
邪魔するだけならともかく、深夜に電話してきたり、家まで押しかけてきたりして、「お姉ちゃんは専門家じゃないのに何がわかるんだ!」と気が狂ったように攻撃してきた。本当にびっくりした。
人の死が関わると、その人間の本性があらわになるんだね、ほんと。それがよくわかったよ。
最後まで冷静でい続けたのは、私一人だった。
自分の家族の悪口を言いつのっても仕方ないが、そういうこともあり、本当にへとへとになってしまった。
弟とは死ぬまで言葉を交わしたくない心境だ。実際、通夜や告別式では一言も会話しなかったが。
父が死んだ翌朝、夫がひとりで父のもとに行ったら、弟が泣きながら夫の手を握って「許してください。今後とも仲良くしてやってください」とか言ったらしいが、父親の死ぬ直前に父の枕元でお前呼ばわりされて喧嘩売られたことが赦せるか、ばかやろー!!!自分では何一つ父の命を救うために動かなかったくせに。邪魔しかしなかったくせに、私をあれだけうつ状態に陥らせたくせに、今頃なに言ってやがんだ!ふぅ。あぁ、疲れるぜ。
とにかく、厚生労働省に対しては、落とし前をつけなきゃ気がすまない。
厚生労働省は今は在宅医療にシフトさせるために、在宅医療に従事している医師達に十分な報酬が行くようにしているけれども、その仕組みが整ったら、彼らの報酬をばっさり削るつもりだろうと元東大勤務の医師は言う。
医者や誰かがなんとかしてくれるわけではなく、自分の中にこの社会を変える力があるんだという信念、自分が受けた痛みを他の人に味わわせないために自分が社会を変えるんだという意識の持ち方を、弟は決して理解できないだろう…。
末期がん患者を取り巻く状況について、きちんと取材して、本にしたいと思っている今日この頃。
あぁ、いつになったら、私のスローライフは実現することだろう。
最近のコメント