カテゴリー「心と体」の23件の投稿

2007年4月28日 (土)

自然療法

なにもしないって決めて、ただただ、ぐだぐだしてるんだけど、これっていいなぁ。
(骨折してるから、実際何もできないんだけど…。)
本などもまったく読む気になれない。
ただ、ぐだぐだ、ごろごろしている。
テレビをぼ~っと見たり。
こういうふうにして過ごすの、ほんとに久しぶりだ。
ここ数年、常に何かに追い立てられていたような気がする。
(自分で自分を追い立てていたんだけど。)
骨折さまさまだ。
こうやって過ごす時間をたまに持つことは、本当に必要だな。
何もしない。
これって、すごい贅沢な気がする。
この機会に、ドッグフードのことなど色々調べている。
(何もしないって言って、結局なんかやっちゃうんだけどさ。)

ドッグフードにも本当に色々な種類があるんだな。
私も色々探していたつもりだったんだけど…。
今回、国内の小さなお店がつくっている手作りの、とてもよさそうなドッグフードが見つかったから試してみるつもり。
それだけで、なんか嬉しい。

犬の手作り食の本を読んで、ヨーグルトとか卵とか、ゆでた野菜やきのこ類(すべて本のなかで推奨されていたもの)を色々あげていたら、二匹とも下痢になってしまい、とても落ち込んでいたので。

ほんと、犬中心の生活だ。
このブログ読んでいる人にとって、きっと興味のない内容だと思うよ…。

犬にあげようと思って買ったヨーグルトとか、野菜や果物とか、自分もそういうのを食べている。
つまり最近の私の食生活は、犬用食材の残り物でまかなっている。

かつてホリスティック医学に関する記事を書いていたので、自然療法とかマクロビオティックについても少々の知識はあったのだが、家にあったその手を本を、今回改めて再読している。(犬のために)
知識としては知ってたけど、自分の食生活にはあまり取り入れていなかった。
(犬のことでは真剣になれるのに、自分の食生活とかはないがしろになっちゃうんだよね、ついつい。)
でも犬のために調べてたら、玄米菜食を自分でもやりたくなってきた。
私の冷え性とか、あきらかに食生活から来ているから…。
東城百合子の本とかも、久しぶりに読んでみた。

それから今、『からだの自然治癒力をひきだす食事と手当て』をぱらぱらと見ているんだけれども、この本、けっこういい。
症状別に食事療法のやりかたが具体的に書いてある。
犬にも応用してみるつもり。
                

からだの自然治癒力をひきだす食事と手当て Book からだの自然治癒力をひきだす食事と手当て

著者:大森 一慧
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Book 薬草の自然療法―難病も自然療法と食養生で治そう

著者:東城 百合子
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2006年10月14日 (土)

思いつくままに書く

●借りていたDVD『池袋ウエストゲートパーク』を、返す前にもう一度見てしまった。
なにやってんだろ、私は。

                                 
●宮沢章夫の『東京大学「80年代地下文化論」講義』(白夜書房)があまりにもおもしろすぎて、電車の中で読んでいたら一駅乗り過ごしてしまった。
「ムー」という雑誌のことが書かれていて、それがもう、すごい。

p264
中でもわれわれが当時注目してたのが、その投稿欄でした。投稿欄がね、きわめて大変なことになっていたわけです。
「ムー」の1987年7月号にこういう投稿が…、あっ、投稿欄じゃない。文通欄があって、「誰か文通してください」みたいな呼びかけがあるんです。ふたつほど紹介します。

前世名が神夢、在夢、星音という三人の男性を捜しています。
(浅羽通明「オカルト雑誌を恐怖に震わせた謎の投稿少女たち!」、別冊宝島92『うわさの本』所収、以下同じ)

もうこの時点からさ、かなり危険な状態になっているわけです(笑)。

私もスピリチュアルな人達やオカルト好きな人達をずいぶん知っているし、ずいぶん見てきたけど、こんなおもしろい人は見たことがない!
考えてみれば、私が取材したり関わったりした人達というのは、ヒッピームーブメントの影響を受けて出てきたニューエイジのような人達で、こういうオカルト的な人達とはずいぶん質が違っていたんだなぁと思った。ユングの共時性がどうの、集合的無意識がどうの、禅だのシャーマニズムがどうの、エネルギーや振動数がどうの、みたいな感じだったから。
いや、しかし、ここまでいったらかなり笑える、というか、笑ったら怒られるかもしれないけどおもしろい。

                         

●10月11日 (水)に書いたエントリー「弱さ・傷つきやすさ、で抗うということ」に、「フラジャイルとただ単にやる気や根性、忍耐力がない人間とはどうちがうのですか?」というコメントをいただいた。

これについては、書き出すとかなり長くなりそうなので、また改めて書くつもりです。
コメント欄に、簡単に思っていることは書いたけど、ここ最近ずっと考えていることともつながってくるのできちんと言語化してみたい。

最近読んでいる宮沢章夫や野田正彰の言っていることともつながっているような気がする。
ただ、これを語ることはけっこう難しいかも。
わかりにくいし。
いいかわるいか善か悪かみたいな話じゃないし。
というかそういうわかりやすい価値観の土台や自明性自体を疑っているわけだから。

しかし、コメントくれた人が言ってることもよくわかるんだよね。

というのも、私もかつてはやる気や努力や忍耐や根性みたいなのが大好きな人間だったから。
がんばってもがんばっても、まだ足りないまだ足りない、もっともっとと自分を追い立てていた。

でも、自分はいったい何のためにがんばっているわけ、いったい何がほしくて自分を追い立てているわけってそれがわからなくなってきた。
そもそも自分にとっての豊かさってなんなのか、って。

だけど、がんばっていた頃の自分には今の自分の気持ちとかってまったく想像できなかったし。
自助グループだとかセラピーグループだとかで、仲間から教えてもらったことって多い。
傷をもった仲間の話をただ聞いているだけだったんだけど、でもその過程で少しずつ価値観が変わっていったんだ。

あ~、明日朝早いのに、もう書いている時間がないし、はしょって書いてもうまく伝えることができないから改めて書く。

ただ、ひとつだけ言えることは、たとえば男らしさや女らしさについてもそうだし、豊かさや幸福についてもそうだけど、わたしたちは誰かから与えられたモノサシや基準や価値観をあまりにも自明のものとして受け入れすぎてはいないだろうか。

がんばることをやめたときに、はじめて見えてきたものや聞こえてきたものがあった。
たとえば小鳥のさえずりだとか、雨のふった後の土のにおいだとか、目の前にいる人のことばにもならないようなつぶやき声だとか…。
それが私にとってのフラジャイルなのだ。

                                 

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2006年10月 3日 (火)

女性性と男性性

スピリチュアリティとかヒーリングとかオルタナティブメディスンとかについて、けっこう長期間にわたって取材をしていた。
ちょうどオウム事件が起こった頃で、当時はまだ霊性とかスピリチュアリティとかいう言葉も一般的ではなかったし、オウム事件の影響でそういうものに対する不信感が強まった時期だったかもしれない。

自分自身の興味もあり、かなりコミットしてそういう世界に入り込んで取材をした。
自分でもスピリチュアル・ヒーラーから直接学んだり、いろいろ勉強したりした。
だから本当は、ヒーリングとかマッサージとかいろいろできるんだぞ~。
今はこんな風にブログなんか書いているけど、ほんとはものすごく怪しいスピリチュアルな能力をもった人間なんだぞ~。
というのはウソだけど、いろいろつまみ食い的に勉強したから、やろうと思えばできないわけではない。

ま、それはいいとして、そういう価値観を勉強してみることはいい意味でも悪い意味でもいろいろとおもしろかった。
自分がそれまで慣れ親しんできた知の枠組みとは異なる世界観だったから。

おもしろい視点だと思って自分の中にとりいれたものもあれば、それはないんじゃないの?と疑問に思うことも多くあったが。

それはどうなんだろう?と思ったことのひとつは、女性性と男性性についての考え方だ。

こういうスピリチュアルな人達は、これからはみずがめ座の時代に移行し、ピラミッド型のヒエラルキーが支配していた社会構造から、対等な関係性に重きが置かれる世界へと変化していくと言っている。
それはまあいい。
というか、そうあってほしいと私も思っている。

そしてさらに彼ら彼女らは、これからのみずがめ座時代には、各個人ひとりひとりの中で男性性と女性性を統合していかなければならないのだという主張につなげていくのである。

ひとりひとりの中に、いわゆる男性性と言われるような積極的な部分・社会に働きかけていったりルールを構築していくような部分と、いわゆる女性性と言われるような受容的な部分・母親的な無条件の愛・慈愛の気持ちなどといった部分を、統合せねばならないと……。

                        
そう、彼ら彼女らは、やたらと「統合」ということが好きなのだ。
統合して、バランスのとれた全体的な「自己」へと向かうべきだとやたら主張する。

ま、確かに、男は男らしく女は女らしく、と言っているよりはずっとましだと思うけれども、でもそんなに統合しなきゃいけないものかねぇ、などと私は思うわけである。

別に片寄っていてもいいじゃん。
無理して統合しなくても、それが個性じゃないの?
いろいろな人がいるんだしさぁ。

男性がいわゆる女性役割と言われているものをやったって、女性が男性役割をやったっていいじゃん。
そういうのが好きで得意なら、得意な分野を活かせばいい。
それぞれの人に、向き不向きだってあるんだし。
こうあるべきっていうのが、やっぱり一番人を息苦しくさせるのでは?

かつてのフェミニズムでは、主婦に対して批判的な態度を持つ人もいたようだけど、私は主婦だって主夫だってぜんぜんオーケーだと思うし。
経済活動をしているからえらいとは、これっぽっちも思ってないし。

みんなが同じものを目指したり、みんなが型にはまったように同じ振舞をしたり、そっちのほうがよっぽど気持ち悪い。

                            
などと、そんなことを急にふと思い出したから、書いてみました。

               

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2006年9月27日 (水)

雑談

安倍晋三が教育基本法を改悪しても、24条をなくそうとしても、わけのわからん連中がフェミニズムは闇の陰謀で闇が世界を支配しようとしているから性による役割分業のある世界をつくっていかねばならないとほざいても、自分は自分の信じたことを見失わず、誰かが「こうあるべき」と押し付けてくる不愉快さをはねつけつつ、この社会にいる人達が今どんな痛みを抱えているかにきちんと耳を傾け、それを一緒に解決していく道を探していこうと思う。

人の痛みや、人の気持ちを無視して、自分にとって正しいと思うことを押付けるのは、暴力以外の何ものでもない。
そういう暴力がみちている場からは早く離れて、自分の身を守り、自分を大切にすることのほうが大切だ。
でないと、まず自分が先にやられてしまう。
自分が安心できる関係性や、自分で自分の生活をまかなえる自立性があれば、生きていけるし、いやなことや政治に対してもノーと言える。
だから今私は、少なくとも企業や国に衣食住を依存しなくても生きられないだろうかと妄想しつつ、畑などをやっているわけだ。
また、いま本当にネットワーク作りの必要性を感じている。
何かあったときに、互いに互いをサポートできるネットワーク。
ただしこのネットワークは対等で公平な、フラットなネットワークでなければならない。

自己責任バッシングのあと、仲間がほしくて新しい平和運動をやっているグループをちょこっとだけのぞいてみたことがあったけど、そこにあるヒエラルキーに辟易した。
政治学者みたいなのが中心にいて、その人間を先生、先生とか言ってみんなでもちあげ、ご意見をうかがっている。
なんか新興宗教の教団みたいだった。

ゲイやレズビアンの人達とかみていると、はやくからそういうフラットなネットワークづくりをやってきた人達みたいに見えて、うらやましい。
実態はわからないけど。
隣の芝生は青い、というやつで。

でもおそらく、マイノリティの人達というのは自分達を守るために連帯する必要が本当にあったのではないか。でないと、生死に関わる問題だからね。

                                 
そんなことを日曜日以来ずっと考えていて、色々な感情や怒りや不安や恐怖にふりまわされていてへとへとに疲れている。
精神的なエネルギーを使うことが、自分を一番消耗させる。

                              
なんとか気分を持ち直したくて、月曜日はひさしぶりにセルフヘルプグループに参加し、言いっぱなし聞きっぱなしで自分の今抱えているこの苦しさについて話してきた。
本当にセルフヘルプグループみたいな場が好きだ。
専門家が上から助言や説教や治療を行うのではなく、傷をもった仲間同士がその場にいる仲間の言葉にただただひたすら耳を傾ける。
それだけでほとんどの問題は解決してしまうように思える。
自分の言葉を、人が裁いたり批判したりしないで、ただただ無心に耳を傾けてくれているというその行為に、いかに治療的効果があることか。
自分のなかに答えがある。自分のなかに自分自身を救済する力がある。
ただそれを忘れているだけなんだ。

自分にとって何が適切か、どういう生き方がいいのか、どうすれば楽になれるのか。
それは治療者も霊能者も知るはずがない。
自分のことは自分にしかわからないのだ。
自分が何を望んでいるかは、自分にしかわからないのだ。

                                  
セルフヘルプグループに参加し、そのあとには絵を描きに行った。

さまざまな感情にとらわれて混乱している心の状態が、絵の具を重ねていると、しんと静まってくるから不思議だ。
あぁなんてきれいな色なんだろう。今度はこの色を使ってみよう。この横にはこんな色を置いてみようと思って絵筆を使って色を重ねていく。
そうすると、さっきまで色々な感情にとらわれていたことをウソみたいに忘れてしまう。
芸術の力ってすごいなぁと思う。

誰か特別な人だけが芸術家なわけではない。
すべての人間が、自分なりのかたちで表現できる芸術家なのだ。

芸術とは、もっと身近なものだったはずだ。
それがある特定の人間達だけの占有物にされてしまい、ああいう表現をしなければだめなのだというコンプレックスを与えられてしまった。
教育でも、音楽であれ美術であれ、人とわかちあい自分の個性を楽しむ表現よりも、ただ単に技術だけをもっともっとと向上させることだけが求められる。
そうして、本来誰のなかにもあるはずの表現する歓びが失われていく。

どうも話が逸脱するな…。

ま、そんなわけで絵を描き、その場で一緒に絵を描いていた人達は、「なんてきれいな絵なの?」「宝石箱みたい…」とみな手放しで賞賛してくれ、うそだとしても嬉しかった。
その絵に、「色彩の乱舞」と自分で名づけた。

                                    
で、そのあとは、セラピーのトレーニングを一緒に受けていた仲間をひとり呼び出して、終電近くまで一緒に呑んだ。
こういう苦しいときに、すぐに駆けつけてきて話を聞いてくれる友人がいるということは、本当にありがたい。

この友人と話していて、いろいろ触発される点や考えたことや思ったことがあるのだが、またそれは別の機会に書いてみよう。

                   

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2006年9月 1日 (金)

『憲法九条を世界遺産に』

『フラジャイル―弱さからの出発』(松岡正剛著)を読み終わった。
分厚い本だったけれども、非常におもしろかった。
私がさいきん「弱さ」について考えていたことと、書かれていた内容とに共通する部分が多く、いろいろと触発され考えが深まった。
気になった部分に付箋をつけておいたので、その部分をもう一度読み返しながら、少し考えを深めてみたい。

同時に読んでいた『戦争と罪責』(野田正彰著)のほうは、非常にいい本なんだけど、どうしてもなかなか読み進めることができない。
ある理由があって、私は感情移入しやすい傾向を持っている。
いちど感情移入してしまうと、その気分からなかなか抜け出すことができず、精神状態が悪化していく。
日本軍の軍人が試し切りで次々に罪のない人の首を斬りおとす回想の描写だとか、残虐に人を殺す描写だとかを読んでいると、からだじゅうに悪寒が走り、本当に具合が悪くなってくる。
寝る前に読むと眠れなくなるし、食事の前後に読むと吐きそうになる。
だから、いつ読んだらいいのかわからない。
殺された人たちの無念や恐怖の意識と読みながらシンクロしてしまい、そういった霊達にとりかこまれているような、そんな恐怖を感じてしまう。

落ち込んだ気分をなんとかしたくて、『憲法九条を世界遺産に』という本を衝動買いした。
太田光と中沢新一の対談本だ。

まだ最初の数ページしか読んでいないけれども、なんというか、救われた。
いい本だ。
私は中沢新一が大好きなんだ。

前書きで中沢新一はこう記している。

p9
いま僕たちがそれ(日本人の直面している深刻な諸問題)をことばに出して語らなければならないはずなのに、臆病のためか怠惰なためか声高に語るのを避けている重大な事柄を、彼が必死になって語ろうとしている姿に、僕は深く心を打たれたのである。

p10
「ことばの戦場」をたたかいぬくのは、ほんとうにむずかしい。でも僕はいま多くの仲間たちに呼びかけたい。ことばは世界を表現するためにあるのではなく、世界を変えるためにあるのだから、いま僕たちが使っていることばに、世界を変えるための力を取り戻してやろうではないか。お笑いのことば、きまじめなことば、官能的なことば、音楽とともにあることば…。僕たちは感覚と想像と思考の力を総動員して、ことばに世界を変える力をよみがえらせていきたいと思う。

                      
いま、これを引用しながらも、胸の奥のほうが熱くなってくる。
私のなかにある「何か」が確実に喚起される。
そうだ、そうなんだって、本当に思う。

7月にある演奏会(楽器の発表会)があって、私はそれに参加した。
その打ち上げのあと、帰る電車に乗り合わせた仲間のひとりと話していたとき、私が政治的な話題を口にしたら相手は不愉快そうな表情を隠さなかった。
日本ではなぜ政治的な話をする人間に対して、不快感を表す傾向があるのだろう。
その不愉快な表情を見て、私もまた不愉快になり、その不愉快な感覚はいまだに持続している。

政治というと私達とは遠い世界のこと、自分とは関係ないことだと思う人もいるのかもしれない。
でも、私たちがこうやって生活していることそれ自体が政治そのものではないかと私は思っている。
政治というのは、政治家の専売特許ではない。
だってもし万が一戦争になったら、私たちが当たり前のことと思っているこの日常ですら、足下から崩れていくのだから。
ひとまかせにできる問題じゃない。

それに私は、日本が今こういう豊かさを享受できているのは、他国の犠牲の上に成り立っていると思っている。
食糧だって、石油だって、私たちは他国に依存している。
その石油のために、戦争が起きている。
私たち日本人の食糧をつくりながら自分達は飢餓に苦しんでいる他国の農民がいる。
それは「ひとごと」なのか。
日本が高度経済成長をはたしたその裏側には朝鮮戦争による特需景気があった。
その犠牲の上に、現在の私たちの豊かさがある。
それなのに、自分たちの今日の豊かさが、まるで自分達だけの力でなしえたと思うのは傲慢だ。

でも、よく考えてみたら私自身も、数年前までは政治だとかにまったく無関心だったし、政治のことを口にする人をださいとすら思っていたのだから、人のことはえらそうに言えない。
私はウツになり、グループセラピーや自助グループなどの場で、虐待や暴力の被害者の方々の話を聞く機会をもった。
その経験がなかったら、いまだにずっと政治に無関心なままだっただろう。
(だから私は本当に、自分がウツになれたことを感謝しているのだ。)

児童虐待や性虐待やその他さまざまな暴力の被害者の方々と出会い、話を聞いて理解したのは、自分はたまたまラッキーなだけだった、という認識だった。
自分はそれなりの教育を受けることができ、名前の通った大学に行き、あやしいカタカナ職業みたいな広告の仕事を経て、フリーライターになった。
暴力をふるうこともない、フェミニズムに共感的な夫もいる。
でもそれは、私の努力でも能力でもなんでもない。
たまたま、そういう恵まれた環境にいただけなのだ。
それがわかった。
以来、暴力や虐待や差別や戦争が「ひとごと」では、なくなった。

ひとごとでなくなってからは、どうすれば暴力や虐待や差別や戦争をなくすことができるかを、つたないながらも、必死に考えるようになった。

世界はつながっている。
だから、自分のなす行為がたとえ微力なものであったとしても、それは世界を変えうる。
そう信じるようになった。
(少なくとも、やらないであきらめるよりはずっとましだ。)

そうなんだ。
言葉に出して語らなければ、伝わらない。
だから私は言い続ける。
人がどう思おうとも。
「ことばは世界を表現するためにあるのではなく、世界を変えるためにある」と、私も信じているから。

                

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2006年8月28日 (月)

本当は自分自身を裁いている

さっきのエントリーの中で、私は以下のように書いた。

しょせん人間なんて愚かな存在であり、神のように万人を平等に愛することなど不可能なはずだ。
でも、限界以上のものを人に要求するような倫理観とか価値観とかが目に見えないような形で社会全体を覆っていて、それが人をものすごく苦しめているような気がして仕方ない。
http://nervous-frog.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_5540.html

これを書いた後、『「麻原死刑」でOKか?』を読み返していたら、宮崎学の以下のような発言が目に飛び込んできた。

p101
この社会全体を覆っているのは、無臭の、デオドラントな正義感みたいなものですね。これがイラクの時の自己責任論であろうし、今の被害者の人権論の根底にあるようなものであろうと、僕は思う。そのへんのところをもっとリアルな肉感的な社会へ取り戻していくという、それがやっぱり必要なんじゃないのか。

                   
自分で書いたことと、宮崎学の言っていることの間には共通点があるような気がしたので、引用してみた。
異質なもの、異端なものを排除しようとする社会のありかた。
それが私は非常におそろしいのだが、個々人のレベルでも、自分の心の中にある自分では受け入れがたい感情を許していないのではないか。
最も強く裁いているのは、本当は自分自身なのではないか。
それがあまりにも苦しくて、だからそれを外部に投影して、排除しようとするのではないか。

そんなことをぼんやりと考えたので、追加で書いた。
                    

「麻原死刑」でOKか? Book 「麻原死刑」でOKか?

著者:野田 正彰
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好き嫌いという感情を許すこと

最近、人の好き嫌いが強まっている。
嫌いだと感じる人とは一緒に空間を共有するのもいやだという感じになる。
嫌悪感が前にでてきて、気分まで悪くなり、関わるだけで怒りが出てくる。

このことは、自分としてはいい傾向だなと思っている。

以前、このブログのなかで、自分が誰を好きなのか皆目わからない状態で生きてきたと書いた。
それはたぶん、この人は好きでこの人は嫌いだと感じる感覚を自分でおさえつけてきたせいなのではないかと思っている。

誰かを嫌いだと感じてしまった瞬間に、すべての人を平等に愛さなければならない、人を嫌っちゃダメだというような自分の中の声が聞こえてきて、その感情を自分で封じ込めてしまうのだ。
自分の中にはそういう倫理観みたいなものがあった。
嫌いだという感情を封じ込めると、その裏側にある好きだという感情をも封じ込めることになる。

その辺の抑制というか、自分で自分に課していたタガのようなものがはずれてしまい、そのため急激に嫌いだという感情がわきおこっていて自分でその感情に当惑しているのだと思うし、相変わらずそういう感情を許していないから実際よりもより強く感じられるのだと思う。

嫌いだと感じても、それはたまたま自分とはあわないというだけで、その人のことを否定しているわけでもないし差別しているわけでもないし排除しようとするわけでもない。
ただ自分とはあわないから、好ましくないと感じるだけだ。

そういう感情を否定して無理して関わっていると、逆に、いじめや差別やいやがらせなどにつながっていくような気がする。
自分のなかのさまざまな感情を自分で自覚していれば、排除などしなくても、適度に距離を置くことが可能になる。
そうすればお互いに不愉快な思いをしなくてすむ。

しょせん人間なんて愚かな存在であり、神のように万人を平等に愛することなど不可能なはずだ。
でも、限界以上のものを人に要求するような倫理観とか価値観とかが目に見えないような形で社会全体を覆っていて、それが人をものすごく苦しめているような気がして仕方ない。

すべての人を平等に愛しているなんていうのは、誰も愛していないということと同じなのではないか。
誰かを特別に好きだと思う気持ちと、すべての人をいとおしく思う気持ちはつながっている。

自分のなかには色々な感情がある。
憎しみも嫉妬もあれば、感謝の気持ちも思いやりの気持ちもあるだろう。
そのすべてがあるのが豊かさなのだ。
それを見ないフリをするのではなく、まずちゃんと感じればいい。
自分の中に怒りや憎しみがあることも含めてきちんと感じればいい。
感じる前に、自分で自分を、こんなこと感じてはダメだと裁いてしまうことが多すぎるような気がする。
判断をわきに置いて、あぁ今自分はこういうことを感じているのか、と感じてみる。
そしてその怒りが正当なものであれば、それを適切な形で、主張や意見として表現すればいいのだと思う。
怒りを見て見ぬふりをするから、それがねじまがった形でより弱いものに向けられたり、または自分自身を傷つけたりすることに向かってしまうのではないだろうか。

さいきん自分の中にわいてくる強烈な怒りを観察していて、そんなことを思った。

                  

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病院での検査、その後

知人・友人もこのブログを読んでいるかもしれないので、自分の病状について簡単に報告しておきます。

7月25日に意識を失って救急車で運ばれ検査を受けたことは、このブログにも書きました。
その後、運ばれた病院の医師から「急がなくてもいいとは思うけれども、手術をしたほうがいいのではないか」と言われたのですが、不安があったため大学病院でセカンドオピニオンをとりました。
(私は大学病院にトラウマと不信感があったのだが、人のつてをたどって紹介されたのがその大学病院だったので仕方なかった。)

で、地元の病院から検査写真などを借りて、本郷にあるその大学病院に持っていって見てもらったったのですが、なんと!今のところ手術の必要はないと思うとのこと。
地元の医者の煮え切らない態度というのは、訴訟などが増えているのでそういう態度になってしまうんだよね、とのこと。
問題があるところを手術してしまったほうが簡単だけど、自分だったらしばらく様子をみるとその医者は言ってくれた。

これだよ、これって感じ。
なんか煮え切らないことを言われて、判断を丸投げされることほど、患者にとって不安なことはない。
正確な情報と、医者としての客観的な判断を提示してくれる。これこそ、医者の当たり前の態度だよ~。
医者としての当たり前の態度なのに、さんざん不安や妄想に振り回されていた私にとっては(だって頭部の手術なんてこわすぎる)、その言葉が崇高な救いの声として聞こえた!
思わず医者にハグして「ありがとう!」と叫びたくなったほどだ。(もちろん、やらなかったけど。)
一瞬、この医者に惚れた。
そのぐらい嬉しかったのだ。

念のため3か月後に再検査をして、その時にもしまだ問題があったら手術をしなければならないようだが、しかしこの医者ならいずれにしても信用できる。
どちらの病院で検査を継続してもいいと言われた時には、「こちらの病院でお願いします」と即答していた。

この大学病院を紹介してくれた医者が、地元のその医者が自分だったら手術すると言っているのならそれは手術しろということだと言うので、いずれにしろ手術は避けられないと思っていた。
大学病院にセカンドオピニオンをとりに行った時も、医者の対応を見てどっちの病院で手術をするか決めるくらいのつもりで行った。

大学病院に行ったら、病院内にレストランとかカフェとか売店とか花屋さんとかがいろいろあったからやっぱりこっちのほうがいいかもなどと思いながら診察を待っていたのだ。
売店にはフロッグ(かえる)君のぬいぐるみがあったから、病室にはこれを買って置こうとまで思っていたのだ。

なのに、なのに、それなのに…。
それぐらい腹をくくっていたのに…。
「いまのところ手術しなくてもいいと思うが」と言われたのだ~~。
その時の喜びといったらなかったぜ~ぃ。
何度も言うけど、医者嫌いの私が、その医者に一瞬惚れた。

3か月後の再検査までまだなんとも言えないのですが、そんな感じです。
いろいろご心配くださった皆様、ありがとうございました。

               

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2006年8月23日 (水)

健常性という虚構

常に4~5冊の本を同時並行的に読んでいるのだが、以下はいま読んでいる本のうちの2冊。

『整体から見る気と身体』(片山洋次郎著)
『フラジャイル 弱さからの出発』(松岡正剛著) 

この2冊のなかに、共通するようなことが書かれていたので興味深かった。

『整体から見る気と身体』p43
普通他の健康法には絶対的なモデルがあって、背が曲がっていちゃいけないとか、絶対に偏っていてはいけないとか、理想像みたいなのがあって、それに近づけるんだという発想がありますが、そこがこの体癖の発想はかなり違っていて、その人が本来持っているものだったらそれでいいんじゃないかという考え方なんです。

『フラジャイル 弱さからの出発』p10
これは社会的な弱さというものである。そこには、ありもしない健常性や正常性という平均値が想定されていることが多く、社会的枠組を支えるための常識や良識が斧をふるっている。それゆえにその平均的な正常性からすこしでも変位したり、ずれた者には、ときには悪意をもって弱者の規定がくだされる。

                             
オルタナティブ・メディスンやセラピーを取材したり自分で勉強したりしていて思ったのは、この虚構の「理想像」「健常性」「正常性」というものに向かって、みんながものすごく努力しているということの、なんというか怖ろしさみたいなものだった。
自分はだめだ、まだ足りない、もっともっとと自分で自分を追い立てていく。
だけど、そんな理想どおりの健康だとか自己だとか、そんなものは本当はどこにもない。
でもそこに向かわなければだめだという強迫観念。

オルタナティブ・メディスンやセラピーに限らないと思う。
きっと社会全般がそうなのだ。

これが優秀で、これが劣っていて、これが豊かで、これが貧しくて、という虚構の枠組みがつくられていて、そのゲームのなかで踊らされている…、というか、そういう鋳型のなかにあてはめて自分を矯正しなければ自分の居場所がなくなるという恐怖。
そういうものがあるのではないか。

このへん、もう少し深めて考えてみたいことなのだが、上記2冊の共通点が気になったので、メモ的に書いた。

           

Book 整体から見る気と身体

著者:片山 洋次郎
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2006年8月17日 (木)

月乃光司、おもしろい

8月17日に書いた「畑をやっていることに対する周囲の反応」というエントリーを自分で読み返してみて、深く自己嫌悪。
どうして、こんなにどうでもいいこと、ぐだぐだと書いてしまったんだろう。
削除したい衝動がわいてきたけど、面倒くさいから、あえて残しとこう…。
かっこつけたって仕方ないし。
                      

ところで、「人生なんでもあり 月乃光司・心のリハビリ日記」って、おもしろい。
 ↓
http://www5.diary.ne.jp/user/502228/

とくに、8月12日に書かれた「変質者としての私」は、笑った。
カレンダーで8月12日をクリックすれば見られる。
1~6まである。
以下、一部引用。
                           

なんだか、そんなことがとても魅力あることに見えたのだ。そして、「あぁ、こういう生き方があるんだ! この紳士みたいに、自分の不様なところもみっとないところも、普通なら恥ずべきところとして隠すべき場所を、さらけ出して生きていく生き方があるんだな・・・」と感銘を受けたのだ。
(中略)
私は自助グループの会合に出て、いかに自分がエロ男であるか、話すように心がけた。精神病院に強制入院になった話、父親から「くさいからあっちに行け」と言われた話、人に話したくない事を沢山話した。
だんだん、そんな過程の中で、自分の必要のない無用なプライドは削り取られていった。
私がどんなに格好つけても、母親に「おまえヘンズリばっかりして!」と言われていた男なのだ。
今、こうやって人前で偉そうに話をしているが、私は30歳近くなって、自分がオ○ニーに使用した使用済テッシュを母親に掃除をしてもらっていた変質者のような男なのだ。
私は自分は全然格好つける必要はない、と思う
酒の酔いの中や部屋の中から抜け出して、現実の世界で、傷つきながら、恥をかきながら、歩いていこう。

                                  
笑った。
というか、私も自助グループに通っていた人間なので、こういう感覚(さらけだしていく生き方に感銘を受けるということ)がよくわかる。

自助グループってほんとカルチャーショックの連続だった。

私は最初、ある診療所のオープンミーティングというものに参加したのだが、その診療所の建物のなかには、女装したオジサンだとか、がりがりにやせた拒食症の人だとか、アルコール依存症の人だとか、リストカットの傷跡が手首にいっぱいある人だとか、そういう人がわんさかいた。
圧倒された。
そしてみんな、自分の悲惨な体験だとか、月乃光司さんのような話だとか、食べ吐きを繰り返している話だとかを、言いっぱなし・聞きっぱなしで淡々と話していた。

私はアングラ芝居とかをやっていたから周囲には奇人変人は多かったけど、なんだかんだいってもエリートに囲まれていたのは事実だった。
だから、いままでいた世界とは別の世界に来てしまったかのような、くらくらした感じがあった。
やばいところにまで来てしまったんじゃないかなと思ったりもした。
(もう元の世界に戻れないような恐怖だとか。)

でも、ここに来るとほっとしたのも事実である。
あ~無理しなくていいんだ。
ただ生きているだけでもすごくたいへんなことなんだ。
私は私のままでいい。
私のままでも居場所はある。
そんな風に思えて、ここにくると本当に心の底から安心できたのだ。

それにここの人たちは、なんというか、つきぬけたようなある種のきらきらとした美しさがあるように私には感じられた。
自分の弱さやみっともなさを受け入れている人は、人を見下したりはしない。
人を裁いたりしない…。

そのへんのことは、ある専門誌にけっこう長々と書いた。
自助グループのおもしろさや魅力については、また改めて書いてみたい。

                                                    
でも月乃光司ってすごいなぁ。
8月6日に書かれている「死ななければ大丈夫」という詩も笑える。
(以下、その詩の一部。)

                                                                   
私は、死んでしまいたい! お先まっくら!
でも、でも
生きてこそ、生きてこそ、生きてこそ、生きてこそ、生きてこそ、
こそ、こそ、こぞ、こぞ、小僧寿しチェーン

どう、これ?
最高でしょ。
同じく8月6日に書かれている「夜回り先生ポエム」も笑える。

                         
先日、ポレポレ座のカフェのテラス席でお茶した。
テラス席には座席が二組しかないのだが、そのうちのひとつに私は座り、さて本でも読みながらタバコでも吸おうかなと思ったら、空いているもう一組の席に、どやどやと4人組がやってきた。
見たら、田口ランディと月岡光司とほかふたりの4人組だった。

まいったなぁ、と、思った。
私はそれまで田口ランディの本はエッセイ1冊しか読んだことがなかった。
でもその日、ポレポレ座に行く途中に本屋に寄り、時間つぶしに手軽に読めそうな本はないかなぁと思って田口ランディの文庫本を一冊買ったところだった。
その本を出して読もうとしたところへ、本人が現れたわけである。
こういうのを、シンクロニシティというのだろうか。
本人が目の前にいるところで、その本人の文庫を取り出すのも気が引けて、結局タバコだけ吸っていた。

ポレポレ座カフェのテラスでは、以前、森達也も見かけた。
タバコ吸いながらお茶したかったのだが、森さんのとなりに座るのもなんとなくいやだったので、近くのドーナツ屋に行ったんだっけ。

また話がそれていったけど、とにかくそういうことがあったものだからなんとなく月岡光司さんのHPを見始めたのだが、はまっている。
詩集も出るようだ。楽しみ。

                  

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2006年8月13日 (日)

近況と、病気について思うこと

病院での検査だのなんだのが続くと、落ち着いて何かをしたりする気にどうしてもなれない。
机に向かってじっくり文章を書きたいという意欲も低下している今日この頃。

医者から「自分だったら早いうちに手術する」とか言われ、私も面倒臭がり屋な性格ゆえ、深く考えることもないまま、まぁじゃあ手術でもするか~と思っていた。
8月中には手術するつもりでいて、友人知人にもそういう風に伝えていたのだけれども、先日「ところで手術の件ですが…」と医者にきりだしたら、「別に手術しろと言っているわけではない」と答える。
「え?でも、先生だったら手術するんですよね?」と聞くと、「そうだ」と答える。

医療現場でも、患者が自己責任で決定することが重んじられているからなのか?
以前私は、医療側がインフォームドコンセントもなく、患者の希望やニーズもろくに聞かずに治療を進めることに腹をたてていた。
だから私の選択を尊重してくれるのは非常にありがたいのだが、まる投げされても判断しようがない。
この煮え切らない態度…、よくわかんない。

救急車で運ばれたとき、家から私服で駆けつけてきてくれた医者の態度や応対が感じがよくて、この人が手術した方がいいというならまぁいいかと安易に考えていたのだが、だんだん不安になってきた私。
(そもそも私が医者に好感を持つこと自体が非常に珍しい。看護婦さんにえらそうな態度で指図している医者など見ると、怒りがこみあげてきて、いつもけんか腰で治療に臨んでしまう。根っからの権威嫌いの、逆差別的態度を抑えきれなくなる。だが、この医者には珍しく好感を持てた。)

生まれて初めての手術だから、人一倍こわがりの私は、たまらなく不安なのも確か。
(手術なんて死ぬまでやらないでいられたら、そっちのほうが絶対にいいー。)
オルタナティブメディスンの取材をずっとしてたわけなのだし、そっち系で治療できないだろうかという気持ちもわいてきた。

いずれにしても、別の病院でもう一度検査をしてセカンド・オピニオンをとることにした。
(また金がかかる…。)

そんなこんなで宙ぶらりん状態でまったく落ち着かない。
                     

ところで私は、自分の病気のことや手術する予定のことも、周囲の人間に対して包み隠さずオープンにしている。
ウツであったことも隠さずにオープンにしていこうと思っている。

病気は恥ずかしいことではない。
生きていたら、時に病んだり立ち止まったり悩んだり迷ったりするのは当たり前のことだ。
それを否定するから生きにくくなるのだと個人的には思っている。

心の病気であれ、肉体の病気であれ、それを自分自身で否定するということは、そこに自分自身がなんらかの差別意識をもっているからだと私は思う。
自分が自分の病を否定することは、同じような病を抱えている人を差別・否定することにつながる。

それにそもそも、心の病というのは健全さゆえに生じるのではないかと私は思っている。
みんなが「もっと、もっと」という競争原理の狂気の中にいるとき、もしかしたら心の病気になれるほうが健全なのではないか。
そんなことを思っている。

いったい、何が狂気で、何が正常なのか。
振り下げてまとまった文章にしたいと思っているテーマのひとつ。

                               

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2006年7月 4日 (火)

風邪ひいた…

沖縄から戻ってきたら、久しぶりに風邪をひいた。
咳がとまらないし、頭も痛い。
からだと頭の中がすっかり沖縄モードになっていて、ぼーっとしていたところに東京に戻ってきて、からだが拒絶反応を示したのかもしれない。
今週末には篠笛の発表会もあるというのに、これじゃあ練習もできない。どうしよう…。
沖縄から帰ってから発表会までに一週間あるから、一週間で集中的に練習すればいいやと思っていて、ほとんど練習していない。
あ~、いつものパターンだ。
ぎりぎりまでやらないでいて、追い詰められるというパターン。
(ライターとして原稿を書くときもいつもこのパターン。)
もういいや、あきらめよう。

とりあえず鍼灸にでも行くか…。
風邪ひいたときは医者に行っても治らない。
クスリくれるだけだし。
鍼灸に行って、自然治癒力を高めるのが自分には一番いい。
あとは勝手に、からだが自分のペースで治してくれる。

野口晴哉に『風邪の効用』という名著もあったな。

                  

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2006年5月 9日 (火)

医学博士で落語家 立川らく朝

あさっては、篠笛のお稽古日。
前回は休んでしまったため、一ヶ月ぶりのお稽古日だが、この一ヶ月間ほとんど笛に触っていかなかった。
なので、きょうは疲れきっていたけれども、音がでるかどうか心配だったので練習した。

といっても、ふまじめな私は、テレビをつけたままの「ながら練習」。

というわけで、テレビを片目で見ながら練習していたら、興味深い内容だったため思わず笛の練習をほっぽりだして見入ってしまった。

医学博士で落語家の「立川らく町」という人がテレビに出ていた。
この人は内科医になったあと44歳で落語家を志し、46歳で立川志らくに弟子入りして本格的なプロの落語家として出発したという。
今は、医者と落語家の二足のわらじをはいているのだとか。
何歳になっても、自分がやりたいと思えば始めることができるんだと感動した。

私は大学を卒業してからしばらくの間落語にはまっていて、寄席通いをしていた。
二つ目の人たちとも親しくなって、一緒に酒を呑んだりもしたが、最近は落語から遠ざかっていた。

でも、この「立川らく町」という人の話を聞いていて、また無性に落語が聴きたくなった。
落語を聴いて、思う存分笑って、いやなことを全部笑い飛ばしてしまいたい。

立川らく町いわく、落語の登場人物というのは、「がまんしない」「無理しない」「自分の欲求に忠実」「自分の弱さをさらけだす」という性格の持ち主が多く、こういう人たちはストレスがなく、病気にならず、長生きをすると言っていた。

私の恩師の精神分析医がいつも言っていることとまったく同じだ。
また私自身も、自分が主催するワークショップや自助グループ(セルフヘルプグループ)では、上記の要素が自由に表現できる「場」であることをいつも心がけていた。

がまんしないで、自分の弱さや本音をさらけ出せる空間というのは、本当に必要だと思う。
それがいかに人間の心身を健全にしてくれることか。
そうやってガス抜きしないと、本当に窒息してしまう。

でも、そうやって本音を表現する「場」さえ、共謀罪が成立したら規制されてしまうんだよね。
ほんとにこわいよ。
「心のノート」だって、そういうのを抑圧していい子ちゃんをやりなさいって奨励しているんだから、まったくなんというか……。河合隼雄いい加減にしろって感じだよ。
そうやって抑圧されたフラストレーションは、見えないところで、よりさらなる弱者に向けられていくに違いない。
学校にも、セルフヘルプグループみたいに、生徒同士で互いの話にきちんと耳を傾けて自分の本当の気持ちを語れる場や時間があったら、いじめだって減っていくんじゃないだろうかって思っている。
国を愛する心より、仲間の話をちゃんと聞けたり、人に共感できる心を育てていく方がずっと大事なことだと思うのだが…。

立川らく町はこう言っていた。
自分のストレスを時々逃がしてやらなければパンクする。
落語を聴いて、ストレスがない自由な登場人物や自由な世界の話を聴いて笑うことも必要ではないかと。

そうか。
自助グループと落語というのは、実はつながっていたんだな。
自分がなんで落語が好きなのかやっと理解できた。(遅すぎるぞー)

                                                                                    
落語の登場人物を見習って、もっと自在に生きようぜ~。
それが人間らしいってことさ!
(妙にハイになってる私。疲れた余りのランニングハイか?)

疲れたとか言いながら、立て続けに3つも記事を書いちゃったけど。
でもこうやって書くことが、自分にとってはフラストレーションの解放になっているんだな、きっと。

以下は、立川らく朝のホームページ。
http://home.j01.itscom.net/rakuchou/

                                          

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2006年4月20日 (木)

ディーナ・メッツガー

ディーナ・メッツガー

                                     
4月16日の記事に、ディーナ・メッツガーのことを書いたけれども、これが話題にした彼女の写真。

イベント「おっぱい祭り」に上野千鶴子さんが持ってきていた写真を、携帯電話のカメラで撮ったものだから、画像は悪いけれども。

↓以下は、ディーナ・メッツガーのHPアドレス
http://www.deenametzger.com/

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2006年4月17日 (月)

ひさしぶりに、リフレクソロジー

さっき久しぶりに、家の近くでリフレクソロジーをやってきた。
ショートコースを頼もうかなと思ったのだが、60分のフルセッションをお願いして十分リラックスしてきた。
あ~、生き返った感じがする。
空が青い。
視野が広がった。

リフレクソロジーは、体全体でなく足裏にしか触れないので、どちらかというと敏感な私には向いている。
施術者の方の腕もさほど関係ないような気がする。
これが、鍼灸だとか全身のアロママッサージだったりとかすると、相性の悪い施術者にあたると逆に具合が悪くなってしまうのだが…。

ここ数週間ほんとうに疲れがたまっていた。
何が一番疲れるかというと、やっぱり人と関わることが一番疲れることだと思う。
人と関わると、いらいらしたり、傷ついたり、人と会うことで逆に孤独になったりする。
誰とも会わずに山寺にでもこもっていた方が、どんなにかラクかもしれないと思うこともある。
ひとりで本を読んだり、瞑想したりしていれば、心が乱されることもない。
でも、人と会うことで自分という人間の個性がよくわかってくるし、たいへんさと同時にたくさんの思いや出会いの喜びももらえる。ひとりでいたら、得られないものを。
人と関わるこの困難さこそが、生きる醍醐味であるとも言えるのだろう。

でも、以前は人と関わってもぜんぜん疲れなかった。
疲れるようになったのは、ここ5~6年くらいだ。

以前はなぜ疲れなかったかというと、自分のまわりにエネルギー的な鎧をつけ、心の扉を閉ざし、目の前にいる人ともエネルギー的な交流をすることを避けていたからだと思う。
そうやって自分を守っていれば、傷つかないし、あまり疲れない。
逆に言えば、そうやって自分を守らずにはいられないほど、人間に対して強い恐怖心を抱いていたとも言える。
私は小学校4年生の頃に男性数人による性虐待の現場を目撃していて、それが私の人間恐怖の根底にある。

でも、そうやって、人との心の交流やエネルギーの交流を閉ざしてしまうとは、なんて孤独なことだろう。
人とのつながりを自分で切ってしまうのだから。

しかし、長い年月を経て、いろいろな人との出会いがあり、尊敬できるヒーラーからさまざまなことを学び、また恩師である精神分析医から無条件の愛を受け取っているうちに、いつのまにか少しずつ心の扉が開いてきて、自分のまわりにかたくななまでに身につけていた鎧がはずれてしまったのだ。

だから、今は、目の前にいる人の気持ちが手に取るように感じられ、相手の痛みや歓びがまるで自分のことのように感じられる。
人間だけじゃない。
風や鳥や道端の花や土が、いきいきと自分にささやきかけているのまで、聞こえるようだ。

人の人生までこうやって一緒に生きているような感じなのだから、人と一緒にいると、楽しいけれどもそれでもやっぱり疲れるのだ。

スプーン曲げの清田益章君は、人間は意識があってウソをつくからわからないけど、人間以外のものはウソをつかないからコミュニケーションできると言っていたが、その気持ちわかる…。

人間というのは、言葉の下にさまざまな意図だとか作為だとか、人を利用しようという心だとか、見下した気持ちだとか、嫉妬だとかいろいろなものがあって、たいていはそれを言葉にしない。
でも、言葉の下にあるそういうものがなんとなくわかってしまう。
そうすると、それがわかりながらどうやってコミュニケーションしていいのかよくわからなくなってしまうのだ。

中年男性ってどうして女性を見下しているのだろう…。
しかも本人はそれに無自覚なことが多い。
保護すべき自分より格下の女性に、自分はいいことをしてあげているんだと勘違いしている。
そして説教してきたり、高みに立ってものを言ってきたりする。
でもね、私一見若く見えますけれども、もしかしたら貴方より年上です。
助言や説教は不要です。ケアや保護も必要ありません。
人生経験多いですから。
と心の中で思いつつ、言っても通じないだろうな…と思っている。
(でも、もやもやした不快感は拭い去れない。)
酒を呑んで、言われたことの10倍くらい言い返すこともある。。
それはそれで、また罪悪感みたいな感じで自分にもどってくるからいやなんだ。

すべての中高年男性がそうだとは言わないけれども。
大きな病気をしたり、挫折したり、世間でいわゆる負の体験と思われていることを経験した人は、みずからの弱さを引き受けているから、高みにたって言葉を発したりはしないのだ。

だから、いわゆる負の体験と思われていることは、人生の宝だと私は思っている。
私もまた、そういう体験から自分の個性を形作ってきたつもりだ。

あれ、話がなんか別のほうへ展開しゃちゃった。

そうそう、リフレクソロジーの話だっけ。

私は実は、エネルギーワーク系のリフレクソロジーを習得している。
クレニオセイクラルも学んだし、血液循環療法も学んだし、スピリチュアルヒーリングもかじったし、セラピーの勉強もした。
一時は、ボディワークを仕事にしようと思っていたからだ。
だけどいろいろ思うところがあって、仕事にはしていない。
その辺のことも、機会があったらまた書いてみようと思う。

いずれにしろ、リフレクソロジーで生き返った。
ときには、人にケアしてもらって思いっきりリラックスすることも必要だ。

                                                   

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2006年4月16日 (日)

「シスターフッド」(つづき)

このブログの4月13日の記事に、「シスターフッド」というタイトルで、ラブピースクラブ主催の「おっぱい祭り」というイベントに行ってきたことを書いた。
あの日は余り時間がなくて簡潔な報告しか書けなかったので、もう少し詳しい感想を書いてみたいと思う。

「おっぱい祭り」は、パフォーマンスアーティスト・高橋フミコさんがご自身の乳がんと闘病について書いた本『ぽっかり穴のあいた胸で考えた』の出版を記念したイベントだった。
私は今週超多忙だったのだが、その忙しい合間をぬって、もう本を読了してしまった。

あっという間に読み終えた。
読み始めたら途中でやめられなくなってしまった。
それくらい、この本はおもしろい。
というか、この本に惚れた。
久しぶりに本とその作者に恋をした。

多くの人にこの本を読んでほしい。

「おっぱい祭り」で初めて高橋フミコさんという方のことを知ったのだが、高橋さんのオッパイトークを聞いているときから、この人はなんて等身大の無理のない人なんだろう…って思っていた。
自分の本の出版記念イベントで話をするとなったら、肩に力がはいってもよさそうなものなのに、そういう感じがまったくない。
1960年生まれとある。
めがねをかけていて、化粧っけがなくて、アロハを着ていて、男っぽい感じ。
なんか、やんちゃな男の子っていう印象。

自分の闘病やがんのことを、気負うでもなく、すご~くフツーのことのように、思いっきり笑いをとりながら話すのだ。
(私はこういうしゃべり方に本当にあこがれている。自分もこういう風に話せる人になりたい。)

4月13日のブログの中で「高橋フミコさんのパフォーマンスも最高だった!」と書いたら、「高橋フミコさんのパフォーマンスも素敵だったのでしょうね」というコメントをいただいた。

素敵というのか、なんと言っていいのか…。

『ぽっかり穴のあいた胸で考えた』の中に、そのパフォーマンスについてご本人が書いている部分があるので、それを引用すると…。

「唇を突き出して腕を後ろに組み、観客の前に直立し「ニップルプルプル、アップルプルプル、プルップルップルップルル」と気の済むまで延々とつぶやき続ける。
上半身は素肌にブラジャー着用。両胸のブラカップの中には、一つずつ大きなりんごが入っている。プルプル言い始める前に、少しイントロ的なアクションをする。観客の前に登場し、上着を脱ぎ、ブラの中にりんごを入れ、金槌(かなづち)を取り出してブラの上から五寸釘を軽く打ちつける。飛び出た五寸釘の頭に哺乳瓶用の乳房を引っ掛ける。
(中略)
この作品は自分が乳がんになるとは思ってもみなかった頃、半分おふざけのような楽しい気分でつくったものだ。タイトルは「ニップルアップル」。わたしたちの体はたくさんのイメージをまとっている。とりわけ身体の他の部分よりも大切にされ、女性の象徴として鎮座ましましている部分をクローズアップし、駄洒落と冗談でデフォルメし、茶化して笑い飛ばしたい…」(p21~22)

私にとっては非常におもしろいパフォーマンスだが、前衛芸術やパフォーマンスを今まであまり見たことがない人が見れば、おそらくかなりびっくりするだろう。
そこが素敵といえば確かに素敵なのだが。

                                          
本の中身も、こんな感じ。

たとえば、医者から「根治しません」と言われたときのことをフーサンが書くと、こうなる。

「「根治しません」。昼も夜も、この言葉が頭から離れない。
コンチシマセン、コンチチチ、コンチコンチチ、コンコンチ、コンコンチキチキ、コンチキチ、チキチキキッチキッチ、チッキショー!(ご清聴ありがとうございました)
ラップのリズムで絶叫したら、サンバのリズムで踊ったら、さぞかし気持ちいいだろう。」(p45)

「この次医者に会う時は
着飾ったダンサーと楽隊連れ
コンコンチキチキ鳴り物でドアを開け放ち
診察室を占拠しよう
(中略)
「人生は舞踏」と大野一雄も言っている、かもしれない。
コンチコンチチ、コンコンチ、コンコンチキチキ、コンチキチチン!」(p48~49)

                                                                
電車の中で読んでいて思わず声を出して笑い、なんど恥ずかしい思いをしたことか!
おもしろすぎるぞー!
どう、読みたくなったでしょ?

                                                    
司会の北原みのりさんからは、「ほとんど役には立たない本ですが…」と愛をこめて紹介されていたが、ものすごくたくさんのインスピレーションをくれた、あたたかさやフーサンの人間味のあふれた素晴らしい本だった。

                                                                                                       

で、「おっぱい祭り」というイベントのほうであるが、こっちも、フーサンの人柄に加え、ゲストも司会の北原みのりさんも濃いキャラですごかった~。
まじめなお勉強系のフェミよりも、自分にはこういう感覚のほうがずっとあっている。
フェミニズムは健在なり!

フェミニズムっていうと、即座に田嶋陽子がイメージされて、こわ~い女の集団だと思われがちだけど、まったくそうじゃないんですよ!
どちらかというと、弱さを絆に連帯しているという感じかな。

私がフェミニズムを好きなのは、正論や一般論ではなく、自分の当事者性というか、自分が感じていることを大事にし、そこから思考を始めるところ。

第三者的に自分は安全なところにいながら、他者のことをとやかくいう思想は、私はうんざりなんだ。

                                              
この日、上野千鶴子さんは、ディーナ・メッツガーという詩人の写真を持ってきた。
乳がんで右の乳房を切り取られたディーナ・メッツガーが、その手術痕のところに刺青をいれ、傷をも含めた自分のありのままを謳いあげているような裸の写真だった。

『ぽっかり穴のあいた胸で考えた』の中には、その写真についても、フーサンの言葉で記されている。
「上半身裸の女性が、両手を左右に大きく広げ、高い空を気持ちよさそうに仰ぎ見ている。その女性は片方の胸のふくらみが無く、乳首が無く、手術痕に沿って、つる草のような素敵なタトゥーが施されていた。彼女は自信と解放感に満ちており、乳がんサバイバーとしてのゆるぎない誇りを臆面もなく発散していた。」(p26)

この写真は、『アメリカで乳がんと生きる』(松井真知子著、朝日新聞社)の表紙として使われていて、この本をプロデュースしたのは上野千鶴子さんであるということだ。

上野千鶴子さんはこう言っていた。
「アメリカでは、乳がん治療を変えたのはフェミニズム。日本ではひとりの男性医師が自分の人生を犠牲にしてそれをやった。日本も、医者ではなく患者たちが自分の力で乳がん治療を変えていくようになったらいいと思う」と。

自分の当事者性から発言し続けてきた上野千鶴子さんならではの、女達への熱いエールだと受け取った。

その男性医師について調べてみた。

近藤誠
医師。1948年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学医学部卒。現在、同放射線科講師。1996年に出版された『患者よ、がんと闘うな』は、ベスト・セラーとなった。
自伝的著書に『大学病院が患者を死なせるとき―私が慶応大学医学部をやめない理由』がある。

(本、読みたくなった。)

                                                   
それから上野さんが言っていたことで印象に残っているのは、
がんになっても最後まで泣いたりわめいたりしないのは恐怖に立ち向かえないからだ。自分の感情を封じ込めちゃだめ。自分が乳がん患者であるという事実を引き受けるんだ、ということ。

私が最近考えていたことと同じようなことを上野さんが言っていたから、すごく嬉しかった。
感情をいい感情・悪い感情と判断して感情を封じ込めようとする傾向が、多くの人にある。
私はそのことに対して強い疑問を抱いている。
感情に、いいも悪いもない。
感情とはおのずとわいてくるものだ。
他者にそれをぶつけるのではなく、ただそれが流れるのを許し、自分でそれを受け入れること。
あるいは信頼できる相手に聞いてもらうこと。
感情だって、必要があってわいてくるんだよ。
それが存在することを許してあげようよ。

感情も、病も、心の傷も、それらをすべてひっくるめた存在が自分なんだ。
それをまるごと受け入れることができなければ、他者のことだって受け入れることなどできないだろう…。

そのことについては、また改めてじっくり書いてみるつもり。

                                             
司会の、ラブピースクラブ社長である北原みのりさんも、はじめて話を聞いたけどいい味出してたなぁ。
フェミに対する印象がだいぶ変わった。
よみかけのままにしておいた『フェミの嫌われ方』、ちゃんと最後まで読んでみよう。
『オンナ泣き』も読むつもり。

                              

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患者よ、がんと闘うな Book 患者よ、がんと闘うな

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フェミの嫌われ方 Book フェミの嫌われ方

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オンナ泣き Book オンナ泣き

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2006年4月12日 (水)

世界によって自分が変えられないようにするために

過去の記事にも、自分はかつてウツになって、グループセラピーに通っていたと書いた。
そこで暴力や虐待被害者の方々の話を聞く機会をもち、そうこうしているうちに、ますますウツがひどくなっていった。

そういう話を聞けば聞くほど、こんなひどい世の中で生きることに一体意味などあるのだろうかと、それがまったくわからなくなってしまった。
逃げたかった。
どこかに逃げていきたかった。
この残酷で残虐な地上ではない、どこかに。

でも、どこにも逃げられず、ただ生きていた。
消極的な自殺だ。じわじわと自分を無気力にして、生きながら殺していく。

何年も経った頃、ある日、ふと思った。
あんなにひどい暴力や虐待を受けても、なお堂々と生きようとしている人がいる。
それに比べて、自分はなんて甘いんだ、と。
自分は恵まれている、ずっと。

こんな風に死んだような日々を送っているのであれば、死んだ気になって、助けを必要としている人たちのために自分の力を使おうと思った。
(それがたとえ自分の自己満足だとしても。あるいは、なんらかのナルシズムだとしても。)

祈るようにして、自分の力を、暴力や虐待や差別をなくすために使わせてくださいと願った。
心の底から。なんども。なんども。
あんなに強く何かを願ったのは初めてかもしれない。

そうしたら、からだがふっとラクになった。
やわらかい光に包まれたような感じ。
なにか高次の意識とつながったようなそんな感じ。
確かにそう感じた。

そのあと、私はウツから抜け出した。
                        

つまらないことで思い悩んでいるときは、あのときの自分の祈りにも似た強い思いと、あのやわらかい光の感覚を思い出すようにしている。
そこにフォーカスをあてさえすれば、たいていのことは乗り越えられる。
自分のちっぽけな見栄やプライドなど、どうだっていいと思えてくるのだ。

自分の行為や行動がほとんど世界に影響を与えないとしても、たとえ徒労だとしても、そんなことは構わない。
自分の限界の中で、自分ができることを、しかも自分を愛して楽しみながらやり続ける。
そんなことが可能かどうかわからないけれども、とにかくやると決めたのだ。
だって、そうやって生きることこそが、自分を最もラクにしてくれることだから。

ガンジーはこう言っている。
「あなたの為すことは、ほとんど無意味ではあるけれども、それでも、やらなければならない。世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするために。」

            
今も、それを自分に思い出させるために、書いている。

                              

                       

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2006年4月10日 (月)

半身浴

半身浴をして汗を流し、粗塩でからだをマッサージした。
この方法は、自分をリセットしたい時にやるといい。
かなりさっぱりする。
よどんだエネルギーやいやな気分も、かなり流れていく。

湯船には、最近は、木酢液か竹酢液を大さじ一杯入れている。

自分でアロマソルトをつくって、お湯のなかに入れることもある。

粗塩をひとつかみビニール袋の中にいれ、そこに好みのアロマオイルを2~3滴たらし、ビニール袋の上からもんでアロマオイルを粗塩になじませれば自家製アロマソルトのできあがり。
アロマソルトをビニール袋からそのまま全部湯船に入れて、ゆっくり浸かる。
こうすれば、一回分ずつ好きな香りのアロマソルトがつくれる。

それでも気分がもやもやしている時は、フラワーエッセンスを調合したりもする。
最近フラワーエッセンス使ってないな。
フラワーエッセンスはまだ日本でこんなに流行る10年くらい前に個人輸入して、その頃はけっこう熱心に使っていたんだけど。

よし、明日はフラワーエッセンスを久しぶりに調合しようっと。

それから部屋も片付けなくちゃ。
気がついたら、また部屋の中がぐちゃぐちゃになってるよ。

部屋の中を片付けられないのは、もう不要になった自分の感情を手放せないでいるからだと教えてくれた人がいたけど、まさにその通り!

                             

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2006年4月 4日 (火)

ここちよい疲れ…

さっき西野流呼吸法から帰ってきた。
家からちょっと遠いのが難点だが、やっぱり行くと気持ちいい。

きょうは、指導員の前に立っただけで「ぎゃ~」とか叫びながら後ろに飛んでしまった。
帰り道、顔が勝手にむふふとにやけていた。

10年前より、あきらかに「気」に反応しやすくなっている。
今度行ったら、身体が勝手に動いたり、歌を歌い出しちゃったりしたらどうしよう。

こわおもしろい~♪

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西野流呼吸法

去年の12月頃から西野流呼吸法をやっている。というか再開した。
なんだか忙しかったり寒かったりして、月に3回くらいのペースでしか行ってないのだが。

西野流呼吸法とは、かつて西野バレエ団を設立した西野皓三氏が創設した呼吸法。
詳しい説明は、以下の公式ホームページを。↓
http://www.nishinojuku.com/index.html

昨年秋に右足首より下を捻挫し、その足をかばって歩いていたら右膝ががくんとずれ(?)、膝に血がたまって数日間動けなかった。
その前に何度も足がつっていたので、気がとどこおっているなぁとは思っていたけれども、放置していたら案の定このざまだった。

で、きちんと体調管理をしなければ自分がやりたいこともままならないなと思っていたときに、ふと西野流呼吸法のことが頭に浮かんだ。
自分に一番向いているのはやっぱり西野流呼吸法だな、っていう直感がすとんとやってきて、それで西野流呼吸法を再開することにしたのだ。

西野流呼吸法を一番最初に知ったのはいつごろだろう?
10年以上前であるということだけは確かだ。
取材で初めて訪れた。

当時私は、フリーライターとしてある女性雑誌に記事を書いたりしていた。
で、鈴木その子さんの取材に行っていた時のことだ。
美白の女王・鈴木その子さんもお亡くなりになった…。
いい人だったが。
私はとてもよくしてもらって指輪までもらった。
それはともかくとして、その取材に同行していた編集者が、あした西野流呼吸法というところを取材してくれないかと言うのだ。
取材に行く予定だった人がご家族の不幸かなにかで急に行かれなくなったという。
で、その西野流呼吸法というのは、西野さんという気功師みたいな人が「気」で人を飛ばすようなことをやっていて、経済界の大物や各界の著名人などもいっぱい通っているという。
その西野さんを取材してくれないかと言うのである。

え~、「気」で人を飛ばすおじさん?
やだー、いかにも怪しそうじゃないですか。
と私が言うと、
とにかく行く予定だった人間が行けなくなってしまったので、頼むから何とかして行ってほしいとおっしゃる。

しかたないなぁ…。
ということで、翌日、渋谷にある西野流呼吸法の道場に足を運んだわけだ。

道場といっても、地下一階から地上7階くらいまであるビル。
そこで、その西野流呼吸法とやらをやっているらしい。
まず実際の稽古の様子を見学してから取材をしてくれと言われた。

実際の稽古の様子は……

驚くべきものだった。
とにかくものすごい人数の人がいて、こどもからかなりご高齢の方まで老若男女が基本の体操をやっている。
そしてその後「対気」といって指導員と「気」を交流するのをやるのだが、交流しているうちに参加者のほうは「気」でうしろのマットに飛ばされる。
それがとにかく、ものすごく楽しそうなのだ。

そして西野皓三氏が登場。
西野氏が、参加しているひとりひとりと「対気」をしていくのだが、かなりご高齢の女性が西野氏に後ろのマットに飛ばされて「きゃ~、先生~」とか叫びながらほっぺたを上気させている。

すごい…。
これはなんだ。
なんてラディカルな平等主義なのか、と思ってしまった。

よく「お年よりをだいじにしましょう」とか言うが、だいじにするといって隔離して生きることの歓びを奪ってしまうことが多い中にあって、ここは歳をとっていたって子どもだって性別だって肩書きだってそんなものは一切関係なくて、みんな自分なりのやり方で楽しんでいる。

「気」を受けてなぜかくるくる回りだす人もいれば、ころげまわる人もいる。
人によってからだの反応がぜんぶ違っている。
とにかくそれがすごいなと思った。

そのあと会った西野皓三氏は、なんてキュートで天真爛漫な人だろうと思った。
1926年生まれだから、当時すでに70歳前くらいだったかと思うのだが、ものすごく派手な背広を着て出ていらっしゃった。青年みたいな印象を受けた。

その時取材した話の中で一番印象に残っている西野氏の言葉は、「ラジオ体操みたいにみんなが同じ動きをやるのは不自然。ひとりひとりみんな違っているからすばらしいんだ」というような言葉。だいぶ前のことだから、多少違っているかもしれないけど。

この取材をきっかけに西野流呼吸法に通い始めた。
それと同時に「気」だとか、目に見えない世界だとかに興味を持つようになり、オルタナティブ・メディスンだとかヒーリングだとかの取材を始めるようになったわけである。

西野皓三氏のことは、一番最初の取材を含めて全部で3回も取材させていただいた。
西野塾に通っている人からは、贅沢だと叱られそうだが。
                                                                   

そうやって西野塾に通い始めたわけであるが、ひとつのことを掘り下げて追求するよりいろいろなことに興味をもって探索するタイプの私は1年くらいで西野流をやめてしまい、そのあと太極拳をやったり気功をやったり色々な健康法などを、取材を兼ねて試してみる方に向かっていった。

いろいろと見て歩いたのだが、10年経った今、やっぱり自分には西野流呼吸法が一番あっていると納得できて、それでまた再開し始めたわけである。

10年ぶりくらいに行ったのだが西野氏は相変わらずご健在で、私の記事もまだ道場のなかに貼ってくれてあって、そのことが嬉しかった。

                                                            
西野流が自分に一番あっていると思うのは、「こうあるべき」というのがあまりないということ。
もちろん基本の型はあるけれども、無理をしないで、楽しくのびのびと心地よく、自分らしくやっていればいいというのが、私には合っている。
やっている人達が本当にいきいきとしていて、とにかく楽しそうだしね。
指導員の人達も、みんないい感じなんだよなぁ。
無理しないで楽しみながらやってらっしゃる。

いくつか試した気功法や太極拳の中には、練習で着るウェアのことまでうるさく言われたり、ちょっとでも物音を立てたらだめだと言われたり、あるいは無理やりストレッチさせられて足を痛めたこともあった。
来ている人も、がんばらなきゃとか努力しなきゃとか、資格をとろうとか思っている人が多かったりして、そういう場だと私は逆にとても疲れてしまうし、自分には向いていないと思う。
非努力型の自分は、むずかしい型はとても覚える気になれないし…。

でも西野流の場合は、自分らしく自分のペースで、純粋に楽しむためだけに呼吸法をすることができる。覚えることも特にないし。そして実際にすごく楽しいし。
エネルギーを全開にできる場って、他になかなか、ない。
西野流では、誰に遠慮することもなく、自分らしいエネルギーを全開にしていいから、そのことがすごく楽しいのだ。

最近は、後ろに飛ばされるとき、我知らず「ハッハッハッ」とでかい声で笑っている。
(よっぽど身体が喜んでいるんだろうな。)
そのうちに私も、他の方々のように走り出すだろう…。

                                                   
ただ、これも向き不向きがあるのかなとは思っているが。
オルタナティブ・メディスンの記事を書いていた時には、しばしば人から、「一番いいのはどういう健康法ですか。どういうヒーラーがいいですか。いいところを教えてください」などと聞かれたものだ。

だが、私にとっていいところが、他の人にとってもいいとは限らない。
万能なものはないし、どういうメソッドにも長所と短所はある。
(万能であると謳っているところは疑った方がいい。)
なので、自分にあっていると思えば他の人がどう言おうが続ければいいのだし、自分にあわないと思えば無理して続けないほうがいいと思う。

こういうものは、いろいろな人がいろいろなことを言う。
まやかしだとか、あやしいとか。
そういう言葉に振り回されずに、自分の目で確かめて、自分にとっていいものを探していくしか仕方ないような気がする。

だけど実際にあやしいところもあるかもしれないので、多額の金を要求するとか、何かが憑いているとか言って不安にさせるとか、無理をさせるとか、自分が治してあげるとかいう傲慢な言い方をしてくるところは注意した方がいいとは思うが。

まぁ、私自身も、「気」で人を飛ばすなんてどう考えてもあやしいと疑っていた人間のひとりなのだが。

                                                         
それにしても、世の中変わったなと思う。
普段は雑誌とかはほとんど読まないのだが、先日病院の待合室で女性誌をぱらぱらめくっていたら、タレントやモデルがみんなあたかもファッションのようにヨガや気功をやっているではないか。

私が10年位前に気功だとかなんだとか言っていたときには、「気」があるなんてなぜ言える?証明してみろ!とけんかをふっかけられるほど、そういうものに対する世間一般の認知度は低かったのだが。
ヨガもオウム事件があったために、あぶないという印象だったのに、いつのまにこんなにファッショナブルなアイテムになっていたんだ!?

最近、江原啓之とかがテレビでオーラがとか過去生がとか守護霊がとか言っているのを見て、おいおいこんなことテレビでまじめに言ってだいじょうぶなのか?と思ったのだが、周囲の反応はすこぶるいいようだ。

私がかつてスピリチュアル・ヒーリングの勉強をしていたときには、大学時代の友人などから思いっきりあやしがられたのに。
(あれで友人がずいぶん去っていったっけ。)

時代は変わるもんだなぁ…。

                                   

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2006年4月 1日 (土)

「農」に関心をもったわけ(2)

3月19日の記事に書いた、「「農」に関心をもったわけ(1)」の続きを書こうと思うのだが、どうしても書けない。
                                                          

そもそもの発端は、自分がウツになって、自助グループやグループセラピーに通い始めたことにある。
それと同時に、自分でも精神療法(心身統合療法)のセラピストになるためのトレーニングを受け始めたのでもあるが。

ここから自分の人生や価値観ががらっと変わっていくことになるのだが、いろいろなことがいちどきに起こり、いろいろなことを考え、それが複雑にからまりあってしまっていてうまく整理できないのだ。
                                                            

グループセラピーを受けている過程で、虐待や暴力の犠牲者、摂食障害、自傷行為、ひきこもり、アルコール依存、薬物依存、などなどの方々の話を多く聞く機会をもった。
そのことがまず、自分が立脚していた世界観を根本から崩すことになってしまった。

自分が当たり前だと思っていた安全な世界が、当たり前に存在していない人達がいる。
自分は何を見ていたのだろう、と思った。

その頃から、ライターとしての仕事をする気力が急速に萎えていくことになる。

自分にはもっと他にやるべきことがあるのではないか、もっとずっと昔にやりたいと思っていたことがあったのではないか、それを思い出さなくては前に進めない…という、そんな感じ。

小学生の後半から高校生くらいにかけて、私はずっと、暴力はなぜ起こるのだろう、差別はなぜ生じるのだろうと、そんなことばかり考えていた。
でも、大学に入った頃から、そんなこと考えても無駄だ、そんなこと誰も気にしていない、もう考えるのはやめよう、と思った。

あの時宙吊りにしたままの疑問をきちんと考えろと、自分のなかの何者かが、私にそれを突きつけてきたような気がした。

セラピーを勉強することでそれを理解しようとした。
でも、セラピーを勉強しているうちに、個人の心が問題なのではない、と思うようになった。

それから女性問題の本を読み始め、またフェミニストと呼ばれる人達とも出会い、色々な勉強会にも参加した。
私はフェミニズムの貢献を高く評価している。
フェミニストの方々が社会に働きかけてくれなかったら、社会は変わらないままだったし、私が今こんな風に自由に発想できる土壌すらなかったかもしれない。

でも、フェミニズムだけで問題が解決するとも思えなかった。
男社会に対するアンチでやっても、根本的な部分は変わらないのではないかと思った。
(もちろん性差別に対してノーと言い続けることは絶対に必要なことだし、私もそれに対してできるかぎりのことはやっていきたいとは思っているが。)

価値観のモノサシを根本から変えていくことが必要なのではないか、と思っていた。
その時に、地域通貨の考え方と出会うことになる。

ひさしぶりに文章を書く仕事をする気になり、というのも取材をしてみたい人がいたからなのだが、それでその人を取材に行った。
かつて日本で行われていた民間療法(手技のようなもの)を受け継いでやっている人だった。

その人を取材に行ったのだが、その人はその民間療法のことは余りしゃべってはくれず、地域通貨はおもしろいとそればかり言っていたのだ。

それがきっかけになって地域通貨をやっている人達と出会い、自分でも地域通貨を使い始めた。
特に森野栄一氏がやっているWATの考え方がおもしろかった。
何がどうおもしろいかということを書き出すとたいへんなので、ここには書かないが。

ここからどうして「農」に結びついていくかということなのだが、色々とこんがらがっていてまだうまく整理できていない。
                                                                   

暴力の背景には経済問題があり、それをなんとかしないと暴力や虐待はなくならないと思ったこと。
アンチでやっていってもだめで、豊かさや生きる意味を根本から変えていかなければだめだと思ったこと。
市場経済への依存を減少するには、消費者から多少なりとも生産する側へまわらなければならないと思ったこと。(ヴァンダナ・シヴァからの影響大)
日本の食糧自給率の低さに愕然としたこと。
家事や育児など本当に生きるために必要なことが低くみなされているのは、それが経済活動ではないから。
同時に、生きるために本当に必要なもの、野菜などがこんなに安いのはなぜ?
(輸入される野菜のほうがなぜ安いの?)

周囲の人達を見ていると、嫌な仕事でも食うためにはやらなければならないと言う。
そうなのだろうか。
ほかの選択肢はありえないのか。

また、自分は暴力や戦争とは無関係な気でいるが、それは本当にそうなのか。
自分が無自覚のうちに、それに加担していることがあるかもしれない。
たとえば、自分が今こうやって享受している豊かさのしわ寄せをくっている人がいるのでは?

グループセラピーや自助グループに参加していて思ったのは、社会のしわ寄せが全部弱い人のところに集中してしまっているということだった。
暴力をふるうのも弱い人だ。
自分は無関係だと言っていられるのだろうか?
                                                                  

ぜんぜん、まとまらない。
思考プロセスがまだうまく整理できない。

でも結局思ったのは、まず自分自身が自分の生活を変えていくことから始めようということだった。
自分が、自分の今いる場所で、自分のできる範囲で、自分のやり方で「変化」を起こしていこう、と。

誰かが何かを変えてくれるのを待つのではなく、ものすごく小さくてもいいから、自分が必要としているもの、自分が求めているものを自分で創造していこうと思った。
                                                                     

そう思って、2年前に自助グループを始めた。
言いっぱなし・聞きっぱなしで、悩みや問題を対等な人間関係の中で話すことができるグループだ。
誰も来なくてもいいから、自分がひとりで座り続けることで、そういう「場」をつくっていこうと思った。
悩みや問題を話せる場があれば、本当に追い詰められる前になんとかなるはずだ、そうやって助け合うことができる関係や場があったらいいと。

その「場」を自分が続けたことは、自分自身をエンパワメントすることにほかならなかった。
そして2年経った今、その役目はとりあえず終わったかなと思っている。
参加してくださっていた方々が、私が仕切らなくても、主体的に場をつくってくれるようになった。
                                                                     

自助グループのことは書き出すと長くなりそうだから、近々に立ち上げる予定のホームページの方に書くつもりだ。
自助グループとはなんぞやということや、ネイティブ・アメリカンの伝統の中で行われていた「サークル」やフェミニズムのCRとの類似点も含めて、そっちで説明する。

「農」に関心をもった理由についても、もう少し自分の考えを整理してホームページの方に書くつもり。

セラピーについてここ数年いろいろと考え続けてきたことは、セラピー論として原稿にまとめた。
これは、ある専門誌に掲載される予定になっている。

                           

                                     

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2006年3月29日 (水)

田口ランディを読んだ

田口ランディの本をはじめて読んだ。
読んだのは、『神様はいますか?』(新潮文庫、400円)。

外出中に読む本がなかったので、外出先の駅近くの本屋で、『美女に囲まれ』(よしもとばなな著、新潮文庫、362円)と一緒に買った。

買った理由は、安かったことと、エッセイなので何も考えずに気軽に読めそうだからという、それだけの理由。
よしもとばななの本は、彼女が自分のホームページに書いている日記を本にしたもの。
いかにも読みやすそう。
実際に読みやすく、2冊ともあっという間に読んでしまった。

実は、田口ランディの本を読むのはずっと避けてきた。
というのも、小耳にはさんだ彼女の経歴とか興味の対象が、自分と近いような気がしたからだ。

以前アングラ芝居をやっていたとか、トラウマ体験とか、編集や広告の仕事をしていたとか、心理学やセラピーの勉強をしていたとか、ボディワークや霊性やシャーマニズムに関心があるとか…。

興味・関心の方向性や嗜好が自分と近いような気がして、もし自分と同じようなことを考えている人だったらそれが言語化されているのを読むのはなんだかいやだし、そういう人の本をわざわざ読むまでもないなと思った。
だから、あえて避けてきたのだ。

それにそもそも、ここ10年近い間、私は小説だとかエッセイだとかはまったく読んでいなかったということもある。

もともとは文学部文学科国文学専攻で、小説など文学作品はかなり読んでいるほうだ。
それなのに、ここ10年くらいは、小説やエッセイを読んでいてもまったく頭に活字が入ってこなくなってしまった。

読んでいたのは、精神分析や精神療法に関する本だとか、社会問題、女性問題、農業や環境や経済などに関する本が中心だった。
情緒を排して知的に何かを理解するための本でなければ読めなかった。
私の心が、他者の情緒からとても影響されやすい時期だったからなのかもしれない。

だけど最近は小説やエッセイだとかも読めそうだという感じがあり、直感的にその2冊を選んだ。

読んでみたら、田口ランディは私とはまったくタイプの異なる人だった。
私はどちらかというと、田口ランディの餓死したお兄さんのほうに近いタイプの人間だと思う。
人間と関わることがあまり得意ではなくて、動物と気持ちを通わすことのほうが得意な、田口ランディのお兄さん。

彼女は自分の兄のことを、こう書いている。

「少なくとも兄は、他者から攻撃されるとボコンとへこんだ。そのへこみ方は傍で見ていても悲しくなるほどだった。
(中略)
兄はへこむ度に仕事を辞めた。そして、へこんだ心が元に戻るまで家にいた。人間は怪我をしたら病院に入って怪我が治るのを待つ。たぶん兄も、ボコンとへこんだ心が平らになるまで休んでいたのだろうが、それは家族には理解されなかった。」(p214~215)

また、田口ランディは次のように書く。

「父や母の考える「働く」というのは「お金を稼ぐ」とイコールである。
逆を言えば、お金にならないことはくだらないことであり、それは評価に値しないこと。
つまり、お金に還元できない人生は生きるに値しない人生、ということだ。
この日本では、どんなに自己実現を目指しても、それがちっともお金にならなかった場合「うさん臭い」とされる。お金に還元できる行為こそすばらしい。」(p216)

そうだった。
まず金を稼がなければと思ったのだった。
自分が本当に何を書きたいかなどということよりも、どうやってお金を稼ぐかということのほうがはるかに重要なことだった。
それが、家族や学校や社会全体が暗にひとりひとりに強いてきた価値観だった。
そうじゃない生き方を貫けるほど、私は強くはなかった。
(でもだからこそ、こうやってお金とは無関係に文章を書いていることが、無性に今は嬉しいのだ。)

そして、自分の心がボコンとすぐへこむことを知っていたから、へこまないように、はなから自分の意見や言葉など発しなかった。
そうすれば傷つかなくてすむ。
自分の本当にだいじな、やわらかい部分だけは守っていられる。
それでもやはり、なんらかのかたちで、いつも少しずつボコンとへこみ、へこんだ心が戻るのに時間がかかった。

田口ランディは、一方、自分についてはこう書いている。

「私は徹底して、人は人、自分は自分なのである。
(中略)
常に「人と自分」の境界線が明確だ。」(p218~219)

そういう人を、ときに私は非常に羨ましく感じる。
私は、その境界線というものが非常に弱い人間なのだ。
人と話していても、それが相手の感情なのか自分の感情なのかさえわからなくなってしまうくらい境界が薄い。

田口ランディは、文庫版あとがきの中で、イラクで捕虜になってテロリストに殺された青年の処刑シーンを見ても実感がなかったと書いている。
ある意味で、本当に羨ましい。

イラク人質事件で自己責任バッシングが巻き起こっていた日本にいて私は、バッシングされた家族や本人の方々に同一化してしまい、恐怖で一時的にひどい精神状態に陥った。
レイプの映画を見て、吐いたこともある。
ニュースを見ているだけで具合が悪くなる。
他者のけっして悪意のない一言であっても、数日間寝込むことは少なくない。

私のようなタイプは、表現者としては本当に向いていないんだろうなと思う。
それでも今、自分が感じていたけれども言葉にしてこなかったことを記してみたいという欲求がでてきていることが、われながら本当にうれしいのだ。

自分を表現したいという欲求は、生きる意思とイコールだと思う。
自分はここにこうやって生きているという叫び。
自分が自分のままでいいという自己肯定の表れ。
まずそこから始めよう。

田口ランディ本人に対しては、この人は本当に正直な人なんだなという印象を持った。

文章を書く人間は、いい意味でも悪い意味でもかなりナルシストな人間が多いと思うのだが、彼女にはそれが感じられない。
とても正直だ。
心の中と文章化されている世界との間に、あまりズレがない。

心のなかに屈折した意図やゆがめられた自己愛があって文章を書いている人でないということだけはよくわかる。
おそらく、うまく書こうという野心も余りないのだろう。
すごく自然な文章で、心の中にすーっと水のように流れ込んでくる。
小説のほうはまだ読んでいないからわからないけれども、いくらでも読めてしまうような文章だ。
無理がない。
こういうタイプの正直さを持っている書き手を私はあまり知らない。
特に男性の物書きには少ないような気がする。

あ、でも森達也はかなり正直な人だよね。
田口ランディとは、まったくタイプの異なる正直さだけれども。

神様はいますか? Book 神様はいますか?

著者:田口 ランディ
販売元:新潮社
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2006年3月27日 (月)

書きたいという衝動~ブログを始めた理由(わけ)

実は、自分のブログアドレスを夫にはまだ教えていない。
教えてくれと言われたのだが、まだ教えていない。

昨日も、父親の誕生日会で料理の写真を撮っていたら、弟が「ブログでもやってるの?」と聞くから、「そうだ」と言うと「アドレス教えてよ」と言う。
だが、だめだと言った。

友人知人に対しても、ごく少数の人に対してしか教えていない。

というのも、このブログではけっこう自分の内面を赤裸々に記しているので、夫や弟に読まれたら恥ずかしいじゃないか…。
へ~、おねえちゃんってこういうこと考えていて、最近はこういうことをやっているんだ~とか、弟に自分の内面まで知られてしまうことがやたら恥ずかしく感じる。
まぁ、いずれ教えるつもりだけれども。

そもそもブログを始めたのは、昨年くらいから、表現したくて表現したくてしょうがないという猛烈な衝動に襲われたからだった。

もともと私は、文章を書く仕事をしていた。
大学時代からすでにフリーライターとしてアルバイト的に文章を書き収入を得ていた。
卒業後はコピーライターになり、その後、プロデューサー的な仕事やプランニング的な仕事を経て、フリーライターになった。

だが、だんだんだんだん、文章を書くことがひどく苦痛になってきたのだ。
自分のコトバを切り売りしているような感覚にとらわれ、文章を書くのが苦しくってしかたなかった。

趣味と実益をかねて、自分の関心のあることを記事にしていた。
スキューバーダイビングの取材とか、オルタナティブ・メディスンの取材とか。
でも仕事で取材していると、自分が関心があると思っていたことまで段々とつまらなく感じられてしまうのだった。

よく人からは、好きなことを仕事にしていていいですね、と言われた。
でも人から羨ましがられるような歓びはなかった。

いつも締め切りに追われていて、締め切りの当日まで原稿を書く気になれず、締め切りの当日に徹夜で書き上げる。
もういやだ、このまま蒸発してしまいたいと何度思ったことか。
でも雑誌に穴をあけるわけにはいかないから、必死で書いた。

そのうち、自分が何を書きたいのか、本当に何を表現したいのかがわからなくなっていった。
というより、もともと本当に自分が表現したいこととは別のことばかり書いていたんだということにようやく気づいた。

コピーライターというのはギャラがいい。
自分のコトバは金になるんだ、と思った。
以来私は、自分が何を書きたいかどうかよりも、お金のために文章を書いてきた。
自分の言葉を切り売りしている感覚にとらわれて当然である。

仕事で文章を書いている時には、めったに自分の本音をださなかった。
どちらかというと、自分の考え方は異端的なほうである。
そういう意見をだしても一般受けしないのはわかっていたから、いつも自分の意見や考えをわきに置いて一般論で文章を書いていた。

でも、それがだんだんできなくなっていった。

ここ数年は、仕事で文章を書くことを、意識的に避けてきた。
仕事の依頼があっても断った。
ときどきは書いていたけれども、知人に頼まれてギャラなしで書くとかそういう仕事だけだった。

この期間は、精神療法の勉強をしたり、文章を書くこととは関係のないことをやっていた。
(でも実際には、私の恩師である精神分析医が「私があなたの読者になるから」と言い、私は彼に対して膨大な量の文章を書き送り続けていたのだが…。)

とにかくそんなわけで、公に文章を書くということから離れていたのだが、昨年あたりから表現したいという衝動がわいてきたのだ。
お金になるとかならないとかそういうこととは関係ない次元で、自分の好きなことを書きたいように書きまくりたいという強烈な衝動だった。

それで昨年は、自分でニュースレターを発行したりもしたのだが、レイアウトをしたり印刷したり結構時間と手間がかかる。
そのうちに、書きたいことはどんどんたまっていく。

なので、ホームページをつくろうと思ったのだが、これも手間がかかりそうだ。

なわけで、ブログを始めたのである。
ブログの使い方など詳しい説明を読んでいる時間すら惜しいほど、とにかく早く書きたくて書きたくて仕方なかった。(なのでまだ使い方をきちんと把握しないまま、こうやって書いている。)

人がどう思おうとも、もうどうでもいいから、私の内側からあふれだしてくるこの言葉を記さなければおかしくなってしまいそうなほどの衝動だった。

そういう事情で、今、ブログを書いている。

衝動のおもむくままに書いているので、たぶんこれからはもっと加速度的に本音を書いてしまうかもしれないので、知人や夫に見られるのが今はまだ少し恥ずかしい。
しかしその恥ずかしさを、書きたいという衝動が凌駕している。

あ、時間だ。もう出かけなくちゃ。

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