このブログの4月13日の記事に、「シスターフッド」というタイトルで、ラブピースクラブ主催の「おっぱい祭り」というイベントに行ってきたことを書いた。
あの日は余り時間がなくて簡潔な報告しか書けなかったので、もう少し詳しい感想を書いてみたいと思う。
「おっぱい祭り」は、パフォーマンスアーティスト・高橋フミコさんがご自身の乳がんと闘病について書いた本『ぽっかり穴のあいた胸で考えた』の出版を記念したイベントだった。
私は今週超多忙だったのだが、その忙しい合間をぬって、もう本を読了してしまった。
あっという間に読み終えた。
読み始めたら途中でやめられなくなってしまった。
それくらい、この本はおもしろい。
というか、この本に惚れた。
久しぶりに本とその作者に恋をした。
多くの人にこの本を読んでほしい。
「おっぱい祭り」で初めて高橋フミコさんという方のことを知ったのだが、高橋さんのオッパイトークを聞いているときから、この人はなんて等身大の無理のない人なんだろう…って思っていた。
自分の本の出版記念イベントで話をするとなったら、肩に力がはいってもよさそうなものなのに、そういう感じがまったくない。
1960年生まれとある。
めがねをかけていて、化粧っけがなくて、アロハを着ていて、男っぽい感じ。
なんか、やんちゃな男の子っていう印象。
自分の闘病やがんのことを、気負うでもなく、すご~くフツーのことのように、思いっきり笑いをとりながら話すのだ。
(私はこういうしゃべり方に本当にあこがれている。自分もこういう風に話せる人になりたい。)
4月13日のブログの中で「高橋フミコさんのパフォーマンスも最高だった!」と書いたら、「高橋フミコさんのパフォーマンスも素敵だったのでしょうね」というコメントをいただいた。
素敵というのか、なんと言っていいのか…。
『ぽっかり穴のあいた胸で考えた』の中に、そのパフォーマンスについてご本人が書いている部分があるので、それを引用すると…。
「唇を突き出して腕を後ろに組み、観客の前に直立し「ニップルプルプル、アップルプルプル、プルップルップルップルル」と気の済むまで延々とつぶやき続ける。
上半身は素肌にブラジャー着用。両胸のブラカップの中には、一つずつ大きなりんごが入っている。プルプル言い始める前に、少しイントロ的なアクションをする。観客の前に登場し、上着を脱ぎ、ブラの中にりんごを入れ、金槌(かなづち)を取り出してブラの上から五寸釘を軽く打ちつける。飛び出た五寸釘の頭に哺乳瓶用の乳房を引っ掛ける。
(中略)
この作品は自分が乳がんになるとは思ってもみなかった頃、半分おふざけのような楽しい気分でつくったものだ。タイトルは「ニップルアップル」。わたしたちの体はたくさんのイメージをまとっている。とりわけ身体の他の部分よりも大切にされ、女性の象徴として鎮座ましましている部分をクローズアップし、駄洒落と冗談でデフォルメし、茶化して笑い飛ばしたい…」(p21~22)
私にとっては非常におもしろいパフォーマンスだが、前衛芸術やパフォーマンスを今まであまり見たことがない人が見れば、おそらくかなりびっくりするだろう。
そこが素敵といえば確かに素敵なのだが。
本の中身も、こんな感じ。
たとえば、医者から「根治しません」と言われたときのことをフーサンが書くと、こうなる。
「「根治しません」。昼も夜も、この言葉が頭から離れない。
コンチシマセン、コンチチチ、コンチコンチチ、コンコンチ、コンコンチキチキ、コンチキチ、チキチキキッチキッチ、チッキショー!(ご清聴ありがとうございました)
ラップのリズムで絶叫したら、サンバのリズムで踊ったら、さぞかし気持ちいいだろう。」(p45)
「この次医者に会う時は
着飾ったダンサーと楽隊連れ
コンコンチキチキ鳴り物でドアを開け放ち
診察室を占拠しよう
(中略)
「人生は舞踏」と大野一雄も言っている、かもしれない。
コンチコンチチ、コンコンチ、コンコンチキチキ、コンチキチチン!」(p48~49)
電車の中で読んでいて思わず声を出して笑い、なんど恥ずかしい思いをしたことか!
おもしろすぎるぞー!
どう、読みたくなったでしょ?
司会の北原みのりさんからは、「ほとんど役には立たない本ですが…」と愛をこめて紹介されていたが、ものすごくたくさんのインスピレーションをくれた、あたたかさやフーサンの人間味のあふれた素晴らしい本だった。
で、「おっぱい祭り」というイベントのほうであるが、こっちも、フーサンの人柄に加え、ゲストも司会の北原みのりさんも濃いキャラですごかった~。
まじめなお勉強系のフェミよりも、自分にはこういう感覚のほうがずっとあっている。
フェミニズムは健在なり!
フェミニズムっていうと、即座に田嶋陽子がイメージされて、こわ~い女の集団だと思われがちだけど、まったくそうじゃないんですよ!
どちらかというと、弱さを絆に連帯しているという感じかな。
私がフェミニズムを好きなのは、正論や一般論ではなく、自分の当事者性というか、自分が感じていることを大事にし、そこから思考を始めるところ。
第三者的に自分は安全なところにいながら、他者のことをとやかくいう思想は、私はうんざりなんだ。
この日、上野千鶴子さんは、ディーナ・メッツガーという詩人の写真を持ってきた。
乳がんで右の乳房を切り取られたディーナ・メッツガーが、その手術痕のところに刺青をいれ、傷をも含めた自分のありのままを謳いあげているような裸の写真だった。
『ぽっかり穴のあいた胸で考えた』の中には、その写真についても、フーサンの言葉で記されている。
「上半身裸の女性が、両手を左右に大きく広げ、高い空を気持ちよさそうに仰ぎ見ている。その女性は片方の胸のふくらみが無く、乳首が無く、手術痕に沿って、つる草のような素敵なタトゥーが施されていた。彼女は自信と解放感に満ちており、乳がんサバイバーとしてのゆるぎない誇りを臆面もなく発散していた。」(p26)
この写真は、『アメリカで乳がんと生きる』(松井真知子著、朝日新聞社)の表紙として使われていて、この本をプロデュースしたのは上野千鶴子さんであるということだ。
上野千鶴子さんはこう言っていた。
「アメリカでは、乳がん治療を変えたのはフェミニズム。日本ではひとりの男性医師が自分の人生を犠牲にしてそれをやった。日本も、医者ではなく患者たちが自分の力で乳がん治療を変えていくようになったらいいと思う」と。
自分の当事者性から発言し続けてきた上野千鶴子さんならではの、女達への熱いエールだと受け取った。
その男性医師について調べてみた。
近藤誠
医師。1948年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学医学部卒。現在、同放射線科講師。1996年に出版された『患者よ、がんと闘うな』は、ベスト・セラーとなった。
自伝的著書に『大学病院が患者を死なせるとき―私が慶応大学医学部をやめない理由』がある。
(本、読みたくなった。)
それから上野さんが言っていたことで印象に残っているのは、
がんになっても最後まで泣いたりわめいたりしないのは恐怖に立ち向かえないからだ。自分の感情を封じ込めちゃだめ。自分が乳がん患者であるという事実を引き受けるんだ、ということ。
私が最近考えていたことと同じようなことを上野さんが言っていたから、すごく嬉しかった。
感情をいい感情・悪い感情と判断して感情を封じ込めようとする傾向が、多くの人にある。
私はそのことに対して強い疑問を抱いている。
感情に、いいも悪いもない。
感情とはおのずとわいてくるものだ。
他者にそれをぶつけるのではなく、ただそれが流れるのを許し、自分でそれを受け入れること。
あるいは信頼できる相手に聞いてもらうこと。
感情だって、必要があってわいてくるんだよ。
それが存在することを許してあげようよ。
感情も、病も、心の傷も、それらをすべてひっくるめた存在が自分なんだ。
それをまるごと受け入れることができなければ、他者のことだって受け入れることなどできないだろう…。
そのことについては、また改めてじっくり書いてみるつもり。
司会の、ラブピースクラブ社長である北原みのりさんも、はじめて話を聞いたけどいい味出してたなぁ。
フェミに対する印象がだいぶ変わった。
よみかけのままにしておいた『フェミの嫌われ方』、ちゃんと最後まで読んでみよう。
『オンナ泣き』も読むつもり。
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