カテゴリー「音楽」の7件の投稿

2007年4月 3日 (火)

町田康『つるつるの壷』

町田康の『つるつるの壷』を読んだ。
町田康の書いたものを読むのは、はじめて。
パンクロックバンド「INU」のボーカリストだったということは勿論知っていた。
パンクロック歌手の書く文章だから、きっとアナーキーで攻撃的な感じのものなのかなぁとか勝手に偏見で思い込んでいて、読む気になれなかった。
でも、はじめて『つるつるの壷』を読んだら、印象が変わった。
すごく優しくて繊細な人じゃない?、町田康。
もちろんそれをストレートに表現しているわけじゃないけど。
文章はそんなにうまいとは思えないんだけれども、独自の視点や世界観がある。
ほんとは優しくてデリケートで、だけどそんな自分が恥ずかしくて思わず攻撃的な風を装いつつ、でもそういう自分が勝手に一人歩きして自分で戸惑いつつ居直りつつ……みたいな感じ。
引用したい箇所もあるんだけど、読了した本を別の部屋に置いてあるので取りに行くのがめんどくさい。
明日以降、気が向いたら引用するかも。
『くっすん大黒』も読んでみようっと。

                    
それから、今週は以下の音楽をテーマソングにしましょう♪
                        

「NOと言える男」ソウルフラワーユニオン
(アルバム、『SCREWBALL COMEDY』より)

NOと言える男 いじわるばあさんの後釜
NOと言える男 勝ち目のあるケンカだけする

NOと言える男 世間知らずのボンだから
NOと言える男 小物らしく弱者をたたく
NOと言える男 神の国ならボスだけど
NOと言える男 くさった男のなれの果て

   

つるつるの壺 Book つるつるの壺

著者:町田 康
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

くっすん大黒 Book くっすん大黒

著者:町田 康
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

スクリューボール・コメディ Music スクリューボール・コメディ

アーティスト:ソウル・フラワー・ユニオン
販売元:リスペクトレコード
発売日:2001/07/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

               

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2007年1月24日 (水)

ピースミュージックフェスタ!辺野古'07

1月20日(土)にソウル・フラワー・モノノケ・サミットのライブに行ったということはこのブログにも書いたけど、2月24~25日に沖縄でPeace Music Festa! 辺野古'07というのがやるらしい。
お金が足りないと言っていたので、宣伝を。
私が宣伝してもほとんど影響力はないと思うけど…。
ソウルフラワーも出ます。
沖縄にいれば私も行くんだけど、飛行機使って行く余裕がない。

以下、その詳細がわかるHPとブログのアドレス。
http://peace-music.org/
http://peacemusic.ti-da.net/

2007/2/24(土)
沖縄 Peace Music Festa! 辺野古'07

■出演;ソウル・フラワー・モノノケ・サミット/DUTY FREE SHOPP./ドーナル・ラニー with 梅津和時/近藤ヒロミ/照屋政雄 with 仲本興治/寿[kotobuki]/Shaolong To The Sky/YOUL & Amina/COCOTABO/ノマ アキコ[GO!GO!7188]/TRINITY club BAND/うつみようこ/Cyclub★/勢理客オーケストラ
■OPEN 12:00/START 12:30/END 20:00 (雨天決行・荒天中止)
■料金;前売り2,300円 当日2,800円
※中学生以下及び65歳以上は無料(要学生証・身分証等)
■チケット発売中!
■発売取扱;
チケットぴあ(Pコード;250-373)
ファミリーマート全店
その他協力店
■問;ピースミュージック メール;info@peace-music.org
 
2007/2/25(日)
沖縄 Peace Music Festa! 辺野古'07

■出演;ソウル・フラワー・ユニオン/U-DOU & PLATY/NANJAMAN/琉球LION/渋さ知らズ/KACHIMBA1551/新良幸人/PAPA U-Gee with ZIONHIGH SESSION/カクマクシャカ/KZ[G.A.C]/King Jam Session/山原Ragga兄弟/花バンド
■OPEN 12:00/START 12:30/END 20:00 (雨天決行・荒天中止)
■料金;前売り2,300円 当日2,800円
※中学生以下及び65歳以上は無料(要学生証・身分証等)
■チケット発売中!
■発売取扱;
チケットぴあ(Pコード;250-373)
ファミリーマート全店
その他協力店
■問;ピースミュージック メール;info@peace-music.org

              

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2006年12月27日 (水)

久しぶりに聞いたサンボマスターで泣く

部屋を片さなきゃ片さなきゃとずっとこのブログに書いてきた一年だったけど、片さぬままずるずると歳月が過ぎ、大掃除の季節になってしまった。
なので今週は本気で部屋の片付けに取り組もうと思っている。

きょうは、オーディオセットのある部屋を半分くらい片付けた。
サンボマスターの『サンボマスターは君に語りかける』を聴きながら、片付けた。
サンボマスターはやっぱりいいのだ!
3回も繰り返し聞いてしまった。
こういう恥ずかしいくらいのシャウトとストレートなメッセージが、やっぱり私はどうしようもなく好きなんだって、認めざるをえない。

「今ここで今ここで 僕らが何かを許したら
それだけ僕等カラダ中 痛みが走るのさ
明日も僕等始められないなら
一秒でも早くアナタに会わなけりゃ」
(これで自由になったのだ)

ミスチルよりもサンボマスターの無骨さのほうが好きだ。
山口隆の声や歌い方とかって、どうしてこんなに心をゆさぶるんだろう。
なんか、泣く。
片付けながら泣いている、意味不明な私だった。

来年は、ぜったいにサンボマスターのライブに行くことにした。

大竹伸朗「全景」のことも書きたいんだけど、また改めて。
感じたことなど忘れてしまう前に書きたいとは思ってるけど。

年賀状も書かなきゃならないんだろうなぁ。
もう買ってあるんだけど。
今年は書かずにすましたいなぁと思ったけど、いずれにしてもいただいた賀状には返事をださなきゃいけないんだし。

来年は恩師の精神分析医と一緒に本をつくることになりそう。
会えばいつも喧嘩ばかりしている相手でもあるので、少しだけ気が重い。

               

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2006年9月23日 (土)

曲作り、畑の青虫

なんだかバタバタしていて、ブログを書いている余裕がないです。
でも、近況だけちょこっと。

                                    
昨日金曜日は篠笛のお稽古へ。
前回、短い曲をつくる宿題が出ていた。
え、そんな、作曲なんて一度もやったことがないのにできないよと思ってぎりぎりまでやらないでいたのだが、笛を吹き始めたら勝手にメロディが頭のなかに浮かんでくるではないか!
映画音楽とかよく作れるなぁと、音楽にうとい私は音楽をやっている人達に対してかねがね敬意を抱いていたのだが、こんな風に勝手にメロディがわいてくるものなのだとは思ってもみなかった。
けっこう、おもしろい。
作曲家の人の感覚がなんとなく理解できた。

自分は大学時代に詩を書いていて(実は今でもときどき書いていて)、大学時代には詩の雑誌にも少し詩を載せたりしていたことがあったのだが、そのとき知人からこう聞かれた。
「詩ってどうやってつくるの?」「詩なんて、一体いつ、書いているの?」

そう聞かれて私は、「えっ?」と驚いてしまった。
いつって言われても、書こうと思ってさぁ書くぞと書いていたわけではないのだ。
歩いていたりするときに、勝手に言葉がわいてくるのだ。
言葉のほうから勝手にやってくるのだ。
そういう体験をしていない人に、それを説明するのは難しい。

                                                         
作曲も詩を書くのと同じだったんだな…。
メロディのほうから、勝手にやってくるものなのか…。

でも詩を書くのも曲をつくるのもたぶん同じだと思うけれども、言葉やメロディのストックがないと、むこうからやってきたものを受信することも難しいのだと思う。
下りてきた「もやもや」としたものを形にするための、素材となるストック。

自分が回路となって、言葉や音楽の源のようなものとつながる感じ、あの快感、それを久しぶりに思い出した。
また何か作曲してみようっと。

                                       

そいで、きょう土曜日は畑に。

ブロッコリーとカリフラワーに青虫がいっぱいついていた。
このままではブロッコリーもカリフラワーも全滅してしまいそうだったので、本当に申し訳ないとは思いつつも、青虫君には成仏してもらった。

わたしたちは、他の生き物の命をいただいて、生きている。
畑をやっていると、そのことがよくわかる。
そのことから逃れられない。

                                                         
ばたばたしていると言いながら、けっこう長々と書いた。

                        

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2006年7月16日 (日)

モノノケ・サミットのライヴは最高だった!

暑くてブログの更新をする気力がなかなか湧かない。
さっき携帯から投稿しようとしたら、途中で携帯の電池が切れてしまったので、今やっとPCに向かった。
でも長文を書く気力が湧かない。
書きたいことは色々たまっているので、来週には時間をとって、少しまとまったものを書くつもりではいるのだけれども…。

きのうは昼頃に畑の収穫へ。
畑についた途端に雷雨になったが、雨宿りして雨がやんだあとの夏空の下で畑仕事をするのは気持ちよかった。

夕方はソウル・フラワー・モノノケ・サミットのライヴへ。
おもしろかった!
音楽も脱力系MC(大坂系のノリ)もすごく好き。
沖縄民謡をいっぱいやってくれたのが嬉しかったなぁ。
竹田の子守唄もあった。
篠笛の発表会であんな風に吹きたかったんだけれども、道は長い…。

ゲストの寿もよかった。
沖縄音楽がやっぱり好きだ!
三線を弾いてみたい。
来年は三線をやろう。

PCで文章を書くと、頭に浮かんだのとほぼ同じスピードで書けるから、やっぱりコトバが流暢になる。
携帯だとやたら時間がかかってねぇ。
とはいうものの、エアコンもつけずにPCに向かっているので汗が噴出してきている。
もう限界だ。

ちなみに、以下が、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットというバンドについての説明。

行動する音楽団体、ソウル・フラワー・モノノケ・サミット。かのソウル・フラワー・ユニオンの変名アコースティック・ユニットである。95年、阪神大震災被災地への草の根的慰問活動を実施すべく結成。エレキ・ギターを三味線、マイクをメガホン、ドラムを和太鼓、キーボードをアコーディオン--に持ち替え、朝鮮/アイヌの民謡や戦前歌謡などのソウル・フラワー・ヴァージョンを各地で精力的に披露していった。被災地のお年寄りたちはその演奏にいたく感銘を受け、大いに歌い踊り泣いたという。あまりに痛ましい影を残した阪神大震災、彼らの熱い活動が多くの被災者の心のより所となったことは、言うまでもない。
http://music.goo.ne.jp/artist/ARTLISD1106532/index.htmlより)

                     

ニューアルバム『デラシネ・チンドン』は、こういう内容。
 ↓
被災地神戸、寄せ場、障害者運動、被差別部落、ホームレス、在日、沖縄、アイヌ、南北朝鮮、香港、ベトナム、フィリピン、東ティモール、北方領土、フランス、アイルランド、セイグワー(登川誠仁)、バタヤン(田端義夫)、エトセトラ……。無数の素晴らしい「出会い」が産んだ、風狂チンドン楽団モノノケ・サミットの新世紀決定盤、いよいよ登場!!

                      

上記の説明を読むだけでも、私の嗜好にあいすぎている~。
もちろんニューアルバムも買ったよ!

                     

彼らのオフィシャル・サイトは以下↓
http://www.breast.co.jp/soulflower/index.html

                          

              

DERACINE CHING-DONG Music DERACINE CHING-DONG

アーティスト:ソウル・フラワー・モノノケ・サミット
販売元:3Dシステム
発売日:2006/06/07
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年6月 6日 (火)

うぅ…忙しい…

なんかやたら忙しい…。

借りている畑で、小松菜とほうれん草の収穫が始まり大豊作なのは嬉しいのだが、収穫した野菜の泥をひとつひとつ落として洗って、食べきれない分は下ごしらえして冷凍するだけでもひと仕事だ。
だって、ものすごい量なんだもん。
葉物だとすぐにしんなりしてしまうから人におすそ分けするわけにもいかないし…。

7月の頭には篠笛の発表会がある。
それなのに、ほとんど笛にも触っていない。
どうしよう…。

発表会では「竹田の子守唄」を吹く予定。
「竹田の子守唄」は、京都にある竹田という被差別部落から生まれた子守唄。
被差別部落の歌だということで放送禁止歌に指定されているということは、森達也演出のテレビドキュメンタリー『放送禁止歌』で知った。
私は高校時代に部落差別の本を色々読んで、なんで差別が生じるのだろうと悩んだことがあり、だからそういう出自の歌なのだということを知ってから「竹田の子守唄」という歌に親しみを覚えるようになった。

なので、笛の師匠に、私は発表会で「竹田の子守唄」を吹きたいと自ら申し出たのだ。
しかし、暗記しなければならないらしいが、ほとんど練習もしていない。
これでだいじょうぶか、私?
明日には練習する。絶対する。だって今は深夜だから笛が吹けないから。

「竹田の子守唄」を、ベトナムの民族衣装であるアオザイを着て、日本の楽器である篠笛で演奏する。この確信犯ぶり、発表会に来る人にはわかるかなぁ…。

でも、もともと芸能をやる人というのは、河原乞食といわれ被差別階級であったわけだ。
聖と賤とが表裏一体になっていて、その両方を行き来できる人たち。
私の師匠も「白拍子」とか「くぐつ」とかそういう世界が好きな人なんだよね。

私もいま、網野善彦の『無縁・公界・楽』『中世の非人と遊女』を読んでいるところ。

「竹田の子守歌」については、以下のサイトに詳しく書かれていた。
http://www.beats21.com/ar/A01032801.html

                                                                        
そんなわけで、畑の収穫が始まり、笛の練習もしなければならないというのに、6月下旬には沖縄の西表島に行くことになり、航空券の予約やら宿泊の手配やらそんな用事もはいってきた。
6月中には、田植えもあり、「ヨコハマメリー」や「かもめ食堂」や「花よりもなほ」も観たい…。
うぅ、なんだ、忙しさの原因は全部遊びじゃないか。いや違う。私にとっては遊びじゃない。いやそれも違う。私にとっては生きることそれ自体が遊びなのだから、それでいいのだ。
忙しさの言い訳を、自分で自分にしたって仕方ないな…。

                                                             
それにしても、6月2日の共謀罪のどたばたもすごかったが、テレビコメンテーターのコメントにもびっくりぎょうてん。
報道ステーションで古館一郎の隣に座っている人や、木村太郎のコメントはひどかった。
まともだったのは筑紫哲也だけ。
どんな風にヘンだったかを書いている余力も時間も今はないが…。

6月2日のことについては、保坂展人さんのブログ、席組長のブログが興味深い。

保坂展人のどこどこ日記
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/7d48adbec5c09218dd8fade71d4d96ac
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/cdf9cfa2c31cf1a22a9d8b3529387398
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/7ee2edf8572dd2e395969404c09ec96f

関組長の東京・永田町 ロビー活動日記blog版
http://sekigumi.ti-da.net/e827129.html

                                                      
それから、先日テレビをつけたら「世界がもし100人の村だったら4」というテレビ番組の宣伝が流れていた。
私は「世界がもし100人の村だったら」という英語の子供向けの絵本が好きだったので興味深く思ったのだが、なんとそこには安倍晋三がゲストとして出演し、涙を流している姿が…。
茶番だ。

と思っていたら、綿井健陽氏がそれについて書いていた。
余りにおもしろいから、引用させていただく。
http://blog.so-net.ne.jp/watai/2006-06-04

で、その日の裏番組で「いま現在のテレビ」が何をやっていたか。

「安倍官房長官悲しむ!! カカオ農園で働く6歳」(新聞のラ・テ欄から)
http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2006/06-176.html

こんな番組を作っている人たちは、安倍長官をゲストに呼ぶことに同意したスタッフは、栄文さんが飛び込んだ川に1500回ほど飛び込んでから、テレビのお仕事をしましょう。あなた方は「アルツハイマー病」なので、いますぐ脳に電極棒を入れてもらいましょう。まずは横浜の「放送ライブラリー」にいって、栄文さんの過去の放送番組を見てみよう。「RKB毎日放送」で検索すれば、いくつか見ることができる。http://www.bpcj.or.jp/ 人に言う前に、まず自分から観ようっと。番組リストはこちらをご参考に→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E6%9D%91%E6%A0%84%E6%96%87

                                                                              
6月3日のブログに書いた佐藤優氏の安田好弘論はきのう読んだ。
私と佐藤氏の考え方が色々違っていて、そこが興味深い。

私は安田好弘弁護士と感じ方や考え方がよく似ていて、だから彼の言っていることが手に取るようにわかる。
だが佐藤優氏は、安田好弘弁護士とはまったく違うタイプだ。
それゆえ、私が安田弁護士を見る目線と、佐藤氏が安田弁護士を見る目線がかなり違っていて、そこがある意味おもしろい。

佐藤優氏は、安田弁護士の言っていることは左翼以外の人間にはわかりにくいのではと書いているが、安田弁護士の考え方というのは左翼の人はむしろ受け入れがたく感じるのではないかと私は思う。

私は精神療法を勉強した人間なので、だから安田弁護士の言っていることがすごくよくわかるのかもしれない。
安田弁護士の思考というのは、目前の相手の言葉の下に何があるかを必死になって読み解こうとしてきた人の思考方法なのだ。

そのへん、時間をつくって掘り下げて書いてみたい。

でも、明日はそれよりもなによりも、篠笛の練習をしなければ。
こんなこと書いている場合じゃない。

                     

無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 Book 無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和

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中世の非人と遊女 Book 中世の非人と遊女

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世界がもし100人の村だったら Book 世界がもし100人の村だったら

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2006年3月24日 (金)

篠笛

P3230005

きょう(日付がもう変わっているから昨日になるか)は、2週間に一度の篠笛のお稽古の日だった。
またもやほとんど練習しないままお稽古に行ってしまった。
先生、ごめん。

篠笛をうまく吹きたいとか上達したいとかいう野心が、私の中には余りない…。
だから練習をしない。(居直っても仕方ないが。)
でも一生懸命教えてくれる師匠に申し訳ないので、稽古の直前になると慌ててほんのちょびっと吹いてみたりする。

しかしそれでも少しずつ吹けるようになってきた気がする。
継続は偉大なり。

篠笛を最初に習い始めたのはいつだっけ?
4年くらい前だったような気がする。

私の女友達がとある著名な和太鼓奏者とつきあっていて、その人のコンサートを見に行ったのが和楽器に興味をもったきっかけだった。

コンサートの最後のほうで、彼が一心不乱に大太鼓を叩いていた。
その時、音が天に向かって上がっていくのが映像として見えたのだ。

楽器というのは、天(神)と人との通路をつくる装置なんだな、と思った。

私も太鼓をやってみたいなぁと友人に言った。
でも家で練習するわけにもいかないし、家でも気分転換に演奏できる和楽器ってないかなぁと聞いた。
「篠笛とかがいいんじゃない?」と彼女は言い、それで始めたというわけである。

最初は国宝のお弟子さんのところで篠笛を習った。
とにかく篠笛というのは、音を出せるようになるまでがたいへん。
でもなんとかそこまでたどりついた。

しかし、音が出せるようになってから吹く曲が「赤とんぼ」とか「荒城の月」とか、哀愁漂うなんだか気が滅入るような曲ばかりなのだ。(個人的な感想だけど。)
それから、その師匠が笛を楽しそうに吹いていないということも気になった。
師匠が楽しくなさそうなのだから、習っている方も楽しくなくなる。
結局一年くらいでやめてしまった。
もし現在の師匠・朱鷺たたらと出会わなかったら、きっともう篠笛をやめていたと思う。

一年半くらい前にたまたま師匠・朱鷺たたらのライブを見た。
そして、びびびっときてしまったのだ。
私が篠笛を習うのはこの人しかいないと思った。

伝統に縛られない、音と戯れるかのような彼女の奏法は素晴らしい。
朱鷺たたらの笛の音を聴いていると、竹に穴をあけただけのあんなにシンプルな楽器からよくもこれだけ多彩な音が出るものだと感心する。

自分で自分の笛を吹いてもあんな音色はけっして出ないんだけどね。
練習すればできるようになると師匠は言うのだが…。

師匠の譜面は五線譜だ。
普通、篠笛は数字譜を使うのだが、他の楽器をやっている人や他国の人たちともセッションできるように、師匠は五線譜を使う。

最初私は五線譜がまったく読めなかった。
そのことに自分でもものすごく驚いた。
だって私は幼稚園から中学1年生くらいまでずっとピアノを習っていたのだから。
でもピアノを習うのも弾くのも、いやでいやで仕方なかった。
いつも練習をさぼってデパ地下でうろうろしていた。

そもそも我が家は、クラシックを聴く家庭ではない。
家にはステレオもなかったし、LP(当時はLPだった!)の一枚もなかった。
父親がカーステレオで聴くのは北島三郎。風呂の中でうなるのは浪花節。
こんな家庭なのに、子どもにピアノを習わせるということ自体に無理がある。
親にとってピアノというのはある種のブランドであったわけだ。
でも彼らの見栄を満足させるためにピアノを習わされている子どものほうはたまったもんじゃない。

狭い和室にピアノがどんと置いてある。
そこにはコタツがあって、父はそこでいつもテレビを見たり新聞を読んだりしている。
ピアノの練習なんてできる環境じゃない。
ときどき練習をしようとすると父がうるさいと言う。(だったら習わせるなよ…。)
練習をしていないのだから当然お稽古にも行きたくなくなる。
でも親の顔を立てて、やめたいとも言えなかった。

自分にとってはそのことがものすごく苦しかったんだろう。
その苦しさが自分で自覚できないくらい。
ピアノ以外にもバレエだとか水泳だとか習字だとか塾だとかいろいろやっていた。
(すべて親の意思であって、私の意思はひとつもない。)
ぜんぶ中途半端で何ひとつ「もの」にならなかったけれど、なかでも一番嫌いなのがピアノだった。

でも、いくらなんでも五線譜くらいは覚えているだろうと思っていたのに、呆れるくらいきれいさっぱり忘れていた。
人間はいやなことは記憶の中から消し去ってしまうものらしい。

ピアノを習っていたおかげで音楽も大嫌いになった…。
(しかし不思議なもので、ピアノを習わされていなかった弟のほうは今、音楽家になっている。)

しかし、篠笛とそして師匠・朱鷺たたらと出会ったおかげで、今また音楽が少しずつ好きになり始めている。
五線譜もだいぶ読めるようになった。(練習は全然してないんだけれども…。)

私が篠笛を今好きでいられるのは、篠笛の魅力以上に、師匠の人間的魅力によるところが大きいと思う。生き方だとか、音楽に対する考え方だとか向かい合い方だとか。
師匠を見ていると、音楽と触れ合うことが私まで楽しくなってくる。

執着やとらわれがなくて、なんだか宇宙人っぽい。
それに話もおもしろい。
師匠は下戸なのに、酒を飲んで語り合った。
私が一方的に語っていたのかもしれない。(実はあの日は楽しくて飲みすぎてしまい記憶がない。)

ライブでも必ず「笑い」をとることを忘れない。
さすが関西人の京女。

しかしそれにしても、朱鷺たたらのお弟子さんたちはどうしてあんなに濃いキャラの人が集まっているのだろう。
まるで師匠に吸い寄せられたかのように…。

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