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2006年12月13日 (水)

ガユーナ・セアロ

買ったまま読まないで放置していた、ガユーナ・セアロの本をなんとなく急に読みたくなって、手に取ってぱらぱらとページをめくった。

『私は私』(ガユーナ・セアロ)

p56
「人間関係はね、なぜか『分かって欲しい』から始まるね。私のこと分かって欲しい、と言って悩む。優しい人は、分かってあげたいと言う。どっちもやめろ。人に分かって欲しいと願っても、分からん。自分自身ですら分からないのに、人が分かりっこないじゃない。分かってあげようとしても、自分が分かる範囲しか分からない。全部はわからない。
正しい事とは、自分が生きるのに必要なことだけを、めいっぱい自分でしているかどうか…。それだけなんだ。」

p78
「何かしてあげたい、と思ったって、自分でないものには何も出来ないんだ。…本当はね。こうしてあげたい、と思っても、その人が本当に望んでいるのかどうか、分からないんだ。善かれと思ってしたことは、たいてい失敗する。これが、この世の常なんだ。
(中略)
善かれと思ってやると、失敗する。ただ、失敗まで経験として楽しむんだったら、大いにやりなさい。
それが“自分の行為に執着しない、結果に執着しない”ということだ。失敗したら「あ痛たた」と言えばいい。もうそれを知ったら…、やらない。心配しなくていい。」

                                    
今の私に必要な言葉だった。

          

私は私―ガユーナ・セアロの至道録 Book 私は私―ガユーナ・セアロの至道録

著者:ガユーナ・サンディマ セアロ
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