3月19日の記事に書いた、「「農」に関心をもったわけ(1)」の続きを書こうと思うのだが、どうしても書けない。
そもそもの発端は、自分がウツになって、自助グループやグループセラピーに通い始めたことにある。
それと同時に、自分でも精神療法(心身統合療法)のセラピストになるためのトレーニングを受け始めたのでもあるが。
ここから自分の人生や価値観ががらっと変わっていくことになるのだが、いろいろなことがいちどきに起こり、いろいろなことを考え、それが複雑にからまりあってしまっていてうまく整理できないのだ。
グループセラピーを受けている過程で、虐待や暴力の犠牲者、摂食障害、自傷行為、ひきこもり、アルコール依存、薬物依存、などなどの方々の話を多く聞く機会をもった。
そのことがまず、自分が立脚していた世界観を根本から崩すことになってしまった。
自分が当たり前だと思っていた安全な世界が、当たり前に存在していない人達がいる。
自分は何を見ていたのだろう、と思った。
その頃から、ライターとしての仕事をする気力が急速に萎えていくことになる。
自分にはもっと他にやるべきことがあるのではないか、もっとずっと昔にやりたいと思っていたことがあったのではないか、それを思い出さなくては前に進めない…という、そんな感じ。
小学生の後半から高校生くらいにかけて、私はずっと、暴力はなぜ起こるのだろう、差別はなぜ生じるのだろうと、そんなことばかり考えていた。
でも、大学に入った頃から、そんなこと考えても無駄だ、そんなこと誰も気にしていない、もう考えるのはやめよう、と思った。
あの時宙吊りにしたままの疑問をきちんと考えろと、自分のなかの何者かが、私にそれを突きつけてきたような気がした。
セラピーを勉強することでそれを理解しようとした。
でも、セラピーを勉強しているうちに、個人の心が問題なのではない、と思うようになった。
それから女性問題の本を読み始め、またフェミニストと呼ばれる人達とも出会い、色々な勉強会にも参加した。
私はフェミニズムの貢献を高く評価している。
フェミニストの方々が社会に働きかけてくれなかったら、社会は変わらないままだったし、私が今こんな風に自由に発想できる土壌すらなかったかもしれない。
でも、フェミニズムだけで問題が解決するとも思えなかった。
男社会に対するアンチでやっても、根本的な部分は変わらないのではないかと思った。
(もちろん性差別に対してノーと言い続けることは絶対に必要なことだし、私もそれに対してできるかぎりのことはやっていきたいとは思っているが。)
価値観のモノサシを根本から変えていくことが必要なのではないか、と思っていた。
その時に、地域通貨の考え方と出会うことになる。
ひさしぶりに文章を書く仕事をする気になり、というのも取材をしてみたい人がいたからなのだが、それでその人を取材に行った。
かつて日本で行われていた民間療法(手技のようなもの)を受け継いでやっている人だった。
その人を取材に行ったのだが、その人はその民間療法のことは余りしゃべってはくれず、地域通貨はおもしろいとそればかり言っていたのだ。
それがきっかけになって地域通貨をやっている人達と出会い、自分でも地域通貨を使い始めた。
特に森野栄一氏がやっているWATの考え方がおもしろかった。
何がどうおもしろいかということを書き出すとたいへんなので、ここには書かないが。
ここからどうして「農」に結びついていくかということなのだが、色々とこんがらがっていてまだうまく整理できていない。
暴力の背景には経済問題があり、それをなんとかしないと暴力や虐待はなくならないと思ったこと。
アンチでやっていってもだめで、豊かさや生きる意味を根本から変えていかなければだめだと思ったこと。
市場経済への依存を減少するには、消費者から多少なりとも生産する側へまわらなければならないと思ったこと。(ヴァンダナ・シヴァからの影響大)
日本の食糧自給率の低さに愕然としたこと。
家事や育児など本当に生きるために必要なことが低くみなされているのは、それが経済活動ではないから。
同時に、生きるために本当に必要なもの、野菜などがこんなに安いのはなぜ?
(輸入される野菜のほうがなぜ安いの?)
周囲の人達を見ていると、嫌な仕事でも食うためにはやらなければならないと言う。
そうなのだろうか。
ほかの選択肢はありえないのか。
また、自分は暴力や戦争とは無関係な気でいるが、それは本当にそうなのか。
自分が無自覚のうちに、それに加担していることがあるかもしれない。
たとえば、自分が今こうやって享受している豊かさのしわ寄せをくっている人がいるのでは?
グループセラピーや自助グループに参加していて思ったのは、社会のしわ寄せが全部弱い人のところに集中してしまっているということだった。
暴力をふるうのも弱い人だ。
自分は無関係だと言っていられるのだろうか?
ぜんぜん、まとまらない。
思考プロセスがまだうまく整理できない。
でも結局思ったのは、まず自分自身が自分の生活を変えていくことから始めようということだった。
自分が、自分の今いる場所で、自分のできる範囲で、自分のやり方で「変化」を起こしていこう、と。
誰かが何かを変えてくれるのを待つのではなく、ものすごく小さくてもいいから、自分が必要としているもの、自分が求めているものを自分で創造していこうと思った。
そう思って、2年前に自助グループを始めた。
言いっぱなし・聞きっぱなしで、悩みや問題を対等な人間関係の中で話すことができるグループだ。
誰も来なくてもいいから、自分がひとりで座り続けることで、そういう「場」をつくっていこうと思った。
悩みや問題を話せる場があれば、本当に追い詰められる前になんとかなるはずだ、そうやって助け合うことができる関係や場があったらいいと。
その「場」を自分が続けたことは、自分自身をエンパワメントすることにほかならなかった。
そして2年経った今、その役目はとりあえず終わったかなと思っている。
参加してくださっていた方々が、私が仕切らなくても、主体的に場をつくってくれるようになった。
自助グループのことは書き出すと長くなりそうだから、近々に立ち上げる予定のホームページの方に書くつもりだ。
自助グループとはなんぞやということや、ネイティブ・アメリカンの伝統の中で行われていた「サークル」やフェミニズムのCRとの類似点も含めて、そっちで説明する。
「農」に関心をもった理由についても、もう少し自分の考えを整理してホームページの方に書くつもり。
セラピーについてここ数年いろいろと考え続けてきたことは、セラピー論として原稿にまとめた。
これは、ある専門誌に掲載される予定になっている。
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