女性性と男性性
スピリチュアリティとかヒーリングとかオルタナティブメディスンとかについて、けっこう長期間にわたって取材をしていた。
ちょうどオウム事件が起こった頃で、当時はまだ霊性とかスピリチュアリティとかいう言葉も一般的ではなかったし、オウム事件の影響でそういうものに対する不信感が強まった時期だったかもしれない。
自分自身の興味もあり、かなりコミットしてそういう世界に入り込んで取材をした。
自分でもスピリチュアル・ヒーラーから直接学んだり、いろいろ勉強したりした。
だから本当は、ヒーリングとかマッサージとかいろいろできるんだぞ~。
今はこんな風にブログなんか書いているけど、ほんとはものすごく怪しいスピリチュアルな能力をもった人間なんだぞ~。
というのはウソだけど、いろいろつまみ食い的に勉強したから、やろうと思えばできないわけではない。
ま、それはいいとして、そういう価値観を勉強してみることはいい意味でも悪い意味でもいろいろとおもしろかった。
自分がそれまで慣れ親しんできた知の枠組みとは異なる世界観だったから。
おもしろい視点だと思って自分の中にとりいれたものもあれば、それはないんじゃないの?と疑問に思うことも多くあったが。
それはどうなんだろう?と思ったことのひとつは、女性性と男性性についての考え方だ。
こういうスピリチュアルな人達は、これからはみずがめ座の時代に移行し、ピラミッド型のヒエラルキーが支配していた社会構造から、対等な関係性に重きが置かれる世界へと変化していくと言っている。
それはまあいい。
というか、そうあってほしいと私も思っている。
そしてさらに彼ら彼女らは、これからのみずがめ座時代には、各個人ひとりひとりの中で男性性と女性性を統合していかなければならないのだという主張につなげていくのである。
ひとりひとりの中に、いわゆる男性性と言われるような積極的な部分・社会に働きかけていったりルールを構築していくような部分と、いわゆる女性性と言われるような受容的な部分・母親的な無条件の愛・慈愛の気持ちなどといった部分を、統合せねばならないと……。
そう、彼ら彼女らは、やたらと「統合」ということが好きなのだ。
統合して、バランスのとれた全体的な「自己」へと向かうべきだとやたら主張する。
ま、確かに、男は男らしく女は女らしく、と言っているよりはずっとましだと思うけれども、でもそんなに統合しなきゃいけないものかねぇ、などと私は思うわけである。
別に片寄っていてもいいじゃん。
無理して統合しなくても、それが個性じゃないの?
いろいろな人がいるんだしさぁ。
男性がいわゆる女性役割と言われているものをやったって、女性が男性役割をやったっていいじゃん。
そういうのが好きで得意なら、得意な分野を活かせばいい。
それぞれの人に、向き不向きだってあるんだし。
こうあるべきっていうのが、やっぱり一番人を息苦しくさせるのでは?
かつてのフェミニズムでは、主婦に対して批判的な態度を持つ人もいたようだけど、私は主婦だって主夫だってぜんぜんオーケーだと思うし。
経済活動をしているからえらいとは、これっぽっちも思ってないし。
みんなが同じものを目指したり、みんなが型にはまったように同じ振舞をしたり、そっちのほうがよっぽど気持ち悪い。
などと、そんなことを急にふと思い出したから、書いてみました。
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